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15 帰郷 |
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ここまで『浄化』『邁進』『源泉』『覚悟』と語ってまいりました。 そうして最後の徳目段階として『帰郷』について語ることになります。 徳性開発には数々の徳目段階がありますが、それら総ての徳目が目指す最終目的地となる場所が、まさに魂の故郷である実相世界であります。 徳性の高さ低さの判断は、真実なる世界(実相世界)に立ち帰る早さ遅さでもあるわけで、徳高き者は霊速で的を付いた反省回顧を通して神の子の自覚に立ち帰りますが、徳足らざる者は自我に囚われた分だけ心の浄化が遅れると言うことです。 そうして総てが自己責任として自己展開を繰り成す訳で、そこが個性化を許された人間が生まれながらに背負った運命でもあるのでしょう。 自己責任が運命付けられているからには、子供が大人への成長段階を経て社会に船出するように、個性体(幼い生命)も大生命への生長段階を経て霊社会に帰属するべきであります。 ここに生長段階に応じた判断力があり、低次の者は高次の者から素直に学ぶ姿勢が必要です。 だからこそ総ての徳性の基礎が【謙虚】であるわけで、この謙虚さが無いままで徳性を磨いても魂が歪むばかり…。 また【謙虚】を忘却したままでは永遠に魂の故郷(実相世界)に里帰り出来ません。 やりたい放題したい放題に泥んこ遊びをして帰って来た子供を、母親は其の侭では家の中に上げないはずです。 泥だらけの衣服を脱がし、煤けた身体を拭いてあげてから家の中に入れるはずです。 ここに自己責任の運命付けを当て嵌めるなら、泥んこ遊びで汚れた衣服や身体を、自分自身で浄化する方法を学ぶ必要があり、それを知らなければ(心の浄化を行わなければ)良識ある霊社会には入ることが出来ないばかりか、同じような汚れた系統の魂が蠢く霊世界からの誘引(ほぼ強引であるが…)を受けて、ますます浮かばれない転生を繰り返すことになります。 そうした霊的事情を自覚した上で、要所々々に於いて早目の反省回顧を怠らず、神の子の自覚を深めながら生命の実相を生きる貴方であれ…。 蛙の子は蛙であり、オタマジャクシが姿形を変化させながら成長するように、神の子も矢張り大神(実相大神の分御霊)であり、いかに現状が悪しき状態であっても諦めずコツコツと徳性を踏み締め続けることで、本来の神の子の自覚を深めることになるのであります。 徳性が高まれば高まる程に心を顧みる頻度が上がるはずです。 なぜなら綺麗な部屋ほど小さな汚れも見つけ易いからで、稀に聖人の意識が罪深くなる理由がココにあるわけです。 【判斷】の徳性段階を踏み締めた最後には、懐かしい魂の故郷との再会が待っています。 忘れかけた懐かしい友人たちも貴方の帰郷を待ち望んでいる…。 ここまで心境を高めた高徳者であれば大きな魂の転落は縁遠くなるでしょう。 常に実相を意識しながら使命感を維持継続できるはずです。 終わりなき徳育が判断力を実相力(無尽蔵な聖泉)にまで高める。 それを信じて力強く歩む運命の開拓者になって致だきたい。 |