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26 蓄積 |
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継続の理念を取り戻すために必要な三つ目の徳目段階は『蓄積』です。 人生には様々な山場がありますが、時には一段と運気が高揚する時期もあるはずです。 その時期に大きな悟りを開いて生活が一変することもあるでしょう。 それまで一般人として細やかに生きてきた人も、尊い悟りを前面に出して公の中に飛び込まざる負えない時が来るかもしれません。 しかしその悟りを生涯に於いて維持してゆく人は一握りの覚者だけです。 大方の悟りは一時的な覚醒(トントクの悟り)として、やがて意識の中から漏れてゆきます。 それは何故なのかと言いますと、大方の悟りは結果として捉えられて、その後の追悟を忘れられがちであるからです。 本来の悟りは、悟りし内容を通して衆生救済に生かして使うために与えられたアイテムです。 つまり悟りは結果ではなく経過でなければならない…。 その悟りを単なる結果として受け取る人は、まだまだ自己損得段階(魂の幼い段階…自己に幸福を帰結する段階)に留まっているのです。 ここにも魂の傾向性が強く作用している訳で、平たく言えば普段の習慣が何処にあるかと言うだけの話です。 たとえば一日に24個の金貨(24時間)を与えられたなら、それを何処で何に対して多く使うかと言うことです。 ある人は大半を睡眠に使い、またある人は食事や買物に多く使い、ある人は勉学に費やし、またある人は自己修養に当て、中には大半の金貨を大衆救済のために惜しみなく使う…。 人それぞれ金貨の使い方は違うであろうけれども、普段からの金貨(時間)の使い方(習慣)は、その人のライフスタイルとして根付いているはずで、その習慣は同じ生活様式を繰り返し演じてきた結果であり経過であります。 金貨(時間)は万民平等に与えられ、価値中立的立場を崩していません。 その金貨を如何に扱うかは当人に選択肢があります。 そしてその自由選択の果てに現在只今の自分の心境(環境と境遇)が現れているのです。 普段の習慣で運命まで作用されるのであれば、人間は神の子としての良き習慣をこそ人生の友とするべきでしょう。 金貨(時間)は良き使われ方をすれば黄金色に輝き、想念帯(魂の記憶)に光の記録を残します。 ほんの一時でも実相(神性…本来の神の子の性質)が現れたなら、その実相(神性)を維持する努力(習慣)を続ける必要があります。 その良き習慣付けが正しい想いを深めて継続の理念を身近なものにするのです。 深めるものは太陽の徳性(天照大御神の御心)であり、『蓄積』の徳目は正しい方向で磨いて致だきたい。 |