30 均整

 

継続の理念を体現する者が次に取り組む徳目段階は『均整』であります。

この『均整』の徳目は個性化が進んだ現代は大変難しい徳目であり、安易な気持ちで臨むなら返って周囲を混乱に巻き込みます。

従って精神面(自己統制)も強化する必要があります。

人の数だけの主義主張を束ねることは至難の技であり、ましてや心の内面に溜め込んだ不平不満の鉾先は、常に社会的リーダーに向けられるのであって、個性化に於ける自我が台頭すると極端に秩序を嫌う風習も出てまいります。

自我流は他流を受け入れ難く組成を嫌う傾向がある…。

そうした風習を皆さんは既に嫌と言うほど見せられて来ているはずです。

しかし現実問題としては前向きに受け止めてゆくしかなく、自我流の荒波の中を徳者たちは勇ましく歩んでゆくしかないのです。

そこで必要なのは何事にも心を荒立てない平常心であり、それでいて周囲の荒立ちをも凪いでゆく平静心であります。

人間は一人では生きられず(基本的に生まれ出ることも出来ず)生涯を通して多くの人々と関わってゆきますが、学び合い助け合い生かし合いながら互いの平衡を保つことが最良であるのです。

人間関係の最良のコツは澄んだ湖の如き平静心であります。

どんなに湖面が荒れ狂おうとも、一定期間を静観に当てて心を沈静化することで徳性による感化力が働いて波立ちが凪いでゆくのです。

ただ黙って退避しているだけではなく、むしろ出来うる限りの些細な努力を重ねながら、大きな動乱を耐え忍ぶ徳目であります。

運命の大きな流れに逆らわず、その流れを前向きに受け止めて意識的にドップリと浸かり、運命という魔物と対決するのではなく、自発的に魔物の腹の中に入り込んで、心根の部分から徐々に変革してゆく…。

しかもその徳目(努力精進)を周囲に見抜かれない人ほど高徳者であると言えます。

大抵の人は高徳者の存在に気付くことはなく、その高貴な存在に気付いた時期には、高徳者は次なる使命役割の為に立ち去った後である場合が多い…。

それも運命なのかもしれませんが、もし仮に高徳者の在位中に気付いたなら、おそらくその人は自身の運命を超越する大きなチャンスを得たことになります。

平静心の真似事は誰にでも出来ますが、基礎研鑽の無い平静心は絵に書いた牡丹餅で、決して空腹を満たしてはくれないでしょう。

それはすでに自分一人だけの問題ではなく、大衆救済の為に必要不可欠な平静心であるため、忍耐力に於いても並々ならぬ強固な精神がなければならないからです。

かく言う『均整』の徳目は継続の理念を体現する者のみが踏み締める高き徳性段階なのであります。

 

 

 

22 十大理念 【判断】 【継続】