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06 学習 |
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長い人生の途中では時に探究の徳性を見失うこともあるでしょう。 何も考えたくない時期や何物にも触れたくない時期も当然あると想います。 そうした時期が長引くと再び探究の徳性を取り戻すことが困難になります。 なぜなら徳性は習慣の極地であるから、失われた習慣(何も成さざる習慣)も立派な習慣の一つであるため、その無習慣(何も成さざる習慣)を方向転換することは、やはり物理的にも精神的にも何らかの摩擦が起こると覚悟しなければならないのであります。 しかし失われた習慣(探究の徳性)を取り戻すために慌てる必要はなく、小さな領域から徐々に取り組んで良い癖を付ける所から始めれば良いのです。 そのために必要な最初の徳目は『学習』であります。 学習すなわち学ぶ習慣であり、この段階では理解出来ても出来なくても良い…。 つまり何かを得んとする気持ち、小さなヒントを掴もうとする気持ちが湧けば、それだけでも心の方向性は善展開するはずです。 こうした最初の気持ちさえ持ち難い人は、ご自身の環境創りから始めるべきでしょう。 まずは時間の環境を整える計画を立てる…。 一週間(7日間)の内で最低一日は学習の日に当てるとして、その日の1〜2時間ぐらいは勉学のための時間にすると決めることです。 そうしてその時間を出来るだけ死守して、同じ日・同じ時間に他の予定を入れない工夫をするべきでしょう。 次に場所の環境を整えることです。 自分で決めた時間内は誰にも邪魔されず気兼ねなく学習出来る場所を決めておくことです。 それが自宅でも公園でも図書館でもカフェテリアでも、ご自身の気持ちを優先して取り組めるなら何処でも良いのです。 もちろん家庭や職場での人間関係を無視出来ないはずなので、周囲からの理解を得ることも必要です。 そのためにも少ない時間から始めてみて、気持ちが入るに従って学習時間を増やして行く…。 その気持ち(学習慣)が高まるごとに日にちも増やしながら、それが毎日の習慣となれば良いのです。 知識は食事と一緒で、人間社会では一日に三食(朝昼晩)食する習慣があるように、知識も心の糧として定期的に摂取することが良策になります。 その知識の食習慣が貧弱であると、精神面の栄養が涸渇して思考回路が動き辛くなるのです。 学ぶということにもそれなりのエネルギーがいるはずですが、そのエネルギーこそ知識に内蔵する生きた知恵であります。 こうした学習慣を整えることが学徳に至る初期段階であるのです。 悪習慣で固まりつつある現代人は、科学の利便性に操られて自力の効用を忘れてしまいがちではありますが、科学の利便性に於いて与えられた余裕(時間的余裕・空間的余裕)を善利用して、学習慣に当てる工夫は万民が平等に与えられた福徳なのであります。 |