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08 把握 |
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次に失われた探究の徳性を取り戻すために必要な三つ目の段階は『把握』であります。 いったい何を把握するのかと言いますと、現状での自分の立ち位置であります。 集中力の強さは苦難困難の克服には必要不可欠ですが、その集中力の強さゆえに見えなくなるものがあります。 それが自分の現状での力量です。 何事に於いても調子良く進むことがベストではありますが、そこに顔を覗かせるものは驕り高ぶりです。 この驕り高ぶりが現状での自分の立ち位置を見えなくしている主原因でもあります。 自分にとっての現状把握は何の為にするのかと言いますと、今より後の歩調を調整するためであり、長い人生の途中経過を正しく知ることによって、人生の大目的に対する生き方のズレを軌道修正する意図があるのです。 大きな理想実現に日々邁進している間に慣れ親しみも付加されて、何時の間にかOD化(オーバードライブ化)した生き方になり、その事実さえ自分で気付けなくなる時があるでしょう。 そうした現状が見えないままでは、周囲の変化に対応出来ないまま無理な動向をしたり、TPOに対応出来ないまま無駄な努力を重ねたり、環境の変転に対応出来ないまま旧態依然の方法に拘る無知な能力を露呈したりして、相対的な客観視が難しくなるのであります。 そうした人間は前向きな良き姿勢がありながら何処となく浮いた存在になりがちで、そこに独善や権力が入り込むと社会秩序を崩壊に向かわしめる暴君になりがちです。 探究の徳性は世捨て人(社会性を無視する人間)には麻薬になり、独善を加速進行させる魔薬(人間としての心を見失わせる麻薬)になるだけです。 時折り立ち止まって現状を確認しながら、自分の現在の力量を把握して、無理・無駄・無知の三無確認を心掛ける必要があります。 そうして学びの方向性を時折り軌道修正する貴方であれ…。 このような日々の基礎研鑽が学徳(探究の徳性)には大切な要素(徳目)になります。 かつて『汝ら無知の知を知れ…』と問い掛けたソクラテスの言葉は、現代にこそ尊ばれなければならない聖言であります。 とくに学人の道を行く者は得心せねばならない一大真理であり、現状把握の基礎に当たる徳目であります。 『把握』の徳目を磨いている人であれば外見からでも人間相互の心境差が確認出来るようになります。 なおさら反省回顧をしていない人の心境は手に取るように見渡せるはずです。 全ての現象は心の投影であります。 反省回顧なき者は、心の投影過程が無修整であるため、現状は彼の結果そのものです。 しかし人知れず反省回顧を繰り返している者は、現状の言動も経過途上にあり、心の内部も常に向上進化を重ねながら、TPOに兼ね合わせた現状変転が有り得ると言うことです。 |