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20 唯心 |
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信念の徳性に必要な二つ目の要素は『唯心』であります。 大切なものは常に心(附帯精神)であり心掛け(同行精神)である。 地上世界には唯物論と唯心論との葛藤がありますが、物(形態)は心(精神)によって初めて動きを示すのです。 指揮命令者が不在になると物質は物理の末路を辿るしかなく、その内に混入された精神(目的意思)が消滅するごとに、分解離散して最小個別化へと向かうのです。 人間は物質世界に生まれ合わせながら魂(生命)の確かさを知るべきでありますが、残念ながら近年の主義主張からすると唯物論側に意識が片寄りがちであります。 地上世界に於いては心と体の相関関係は如何ともし難い問題ですが、何方を主体となし副体となすかは更に重要な課題であります。 艱難辛苦を乗り越えて偉大な足跡を残された偉人たちは、物質世界の制約の中で誤まった物理私観の解体を行い、正しい生命観を歴史の狭間に混入されたのです。 それが何時しか誤解をされて唯物論に対抗するような唯心論として残されてはおりますが、そうした対極的論説として唯物と唯心を扱ってはならないのです。 物体を動かすのは精神(こころ)であるが、その精神を実体化するためには形態が必要であり、精神が高尚な意図を実現させるために必要形態を自ら組成するのです。 つまり精神が主体であり物質は副体である…。 この系図を忘れなければ尚一層の霊肉一体を果たせると言うことであります。 人間が地上世界に生まれて物質辺中の重苦しい波動に侵されながら徐々に精神性を失うことが多い昨今…。 こうした状況下に於いて大切な心(基礎精神)を取り戻すことは至難の技かも知れません。 特に信念の徳性を取り戻すためには尚更のこと、停止分解離散に向かう物質信仰を改めて、運動結合組成に向かう生命信仰をこそ魂の中軸に据え置く必要があります。 こうした意味合いを込めて『唯心』の徳目を熟知して致だきたい。 既に四面楚歌の状態で悩みの淵に落ちんとしている人ほど、物的価値への依頼心を捨てて精神価値への信頼度を増すべきであります。 あくまでも魂の中軸にある生命意志を尊重した上で、具体的な物理的対策を進める貴方であれ…。 その時こそ地上の物的価値は精神価値に追従して予想外の成果を実現するでしょう。 信念の理念(徳性)を見失ったなら直ぐさま『矢心』を持ち『唯心』を持って未来を生きんと努力せよ。 しからば『矢心』は鉾となり『唯心』は楯となるであろう。 悪心が横行する地上の歪曲倫理の中では鉾と楯は神から授けられた神器になります。 この神器を常に附帯して人類未踏の大地を開拓する貴方であれ…。 何事にも原点を精神(実相)に帰結させる強さは高徳者にしかない徳性であります。 |