016 我流は邪道への誘引

 

 

一人では生きてゆけない人間が、強いて一人で生きてゆこうとするところに無理が生ずる。

社会は人間同志の協調の場であり、貴重な個性を貢献する場である。

自由を求めて自分一人の意思を押し通そうとすると、むしろ自由を失うのが人間社会の在り方である。

自らの役割を知って大義の為に生きる者こそ、潔い人生の達人になる人であります。

我流に拘れば他者排除に走るのが愚かな人間の迷いである。

そこには対話も協調も影を潜め、他者を顧みない自分流は邪道への転落を見ることになる。

これは自己意識に優越や尊厳を間違って深めた結果、歪んだプライドがムクムクと頭を擡げた迷妄道を、自己反省も無きまま突進する姿である。

こうした邪道への誘引は霊的世界から頻繁に行われるため注意が必要である。

どんなに自らの徳性を高めても、自意識の部分を霊的に突かれたなら、歪んだプライドは自意識のコントロールを見失う危険を腹んでいる。

精神を高めつつある者ほど狙われ易いのも事実。

更に我流を押し通す者は格好の餌食になる。

徳性を高める者は進化生長と共に、謙虚協調を併せ持つ必要がある。

謙虚さは魂の転落を防ぐ妙薬になるはずです。

また謙虚さは我流への暴走に歯止めをかけるブレーキになるだろう。

現代の最先端を行く総ての部門に謙虚の二文字は必須項目であり、長い道程に於ける最良の友(道ずれ)になるであろう。

そしてそれが人間としての本来の生命観を忘れないための処方箋になるのだから…。

 

 

 

  29 黎明の風 【文化編】