018 思い込みの曲解

 

 

人間としてのコミュニケーションを採ろうと努力していても、どうしても話が噛み合わない人間が居る…。

趣旨は同じ議題を話し合っているにも関わらず、根拠がズレているため合意を得ない相手が居る。

それは本人の思い込みによって論点が片寄っているからだろう。

思い込みは信仰と同じ信念の固まりであるから、

その色眼鏡を否定することは一種の信仰に対する冒涜と同じ扱いをされ、詰まらない罵声を浴びることもあるはずである。

思い込みが激しいと思考回路が固定化して、柔軟な対応が難しくなる。

本人自身が論旨のズレに気付かなければ、同意を得ることは至難の技であります。

こうした人には実務に於ける結果を示して、本人の思い込みが間違っていることを本人自身で確認してもらうしかない。

思いが利己心に拘ることで思い込みは始まる。

思い込みが厄介な理由は相手の話を聞く段階で、自分の思いが正統化される材料だけピックアップして、その他の言葉を悉く排斥するから対話が会話として成立しない。

そうした人の思いは重意思となって、底無し沼に沈む渦中にあり、やがてはその足枷の重さに耐えられなくなって、鬱状態(孤独化)を促進させる主原因になるだろう。

鬱病者は本来病気ではなく、思いの領域に強固な思い込みがあるために、他者との協調性が弱くなっている状態である。

だから心の凍結を氷解してあげたなら、あとは本人の意志で快方に向かうのであります。

 

 

 

  29 黎明の風 【文化編】