024 涙に込めた真なる意味

 

 

心の浄化が進むと、ある領域まで反省回顧が果たされた時に、涙が止めどなく流れてくる場合がある。

これは甘露の法雨と言って、心が清浄化することによって、魂の郷里を想い出すことで流される懐かしさの涙である。

魂が幼い段階では恐怖に怯える心細い感情の涙や、自分の思惑が上手く行かないがための悔し涙が多いはずですが、魂が生長する過程で流される涙こそが、涙の本来の姿なのであります。

不幸せを恨む悔し涙として使うものではなく、幸福を感謝する嬉し涙として使うものなのである。

つまり涙は懐かしさとの再会であり、原点回帰を果たした安堵感の現れである。

その甘露の法雨は体内の不浄なものを洗い流し、心身を共に清める働きがあるのだ。

こうして涙を何のために流しているかを見るだけでも、当人の魂の現状段階を知る事が出来るのであります。

もともと涙は実相大神が人間を創造する際に造られた甘露の法雨で、実相世界を忘却させない為の処方箋の一つなのであります。

辛い時や苦しい最中では耐え忍び、その後に訪れる実相への達成感の中にこそ涙の真なる姿があるのです。

こうして心の透明感は実相人間の本来相を如実に現すのである。

どうか涙を不純なものに使わず、心の清浄化のために使って致だきたい。

それが実相大神の願いであり祈りでもある。

 

 

 

  29 黎明の風 【文化編】