031 歴史認識の懸隔

 

 

何事に於いても記録を残すことは大切であると言うことであるが、残された記録から正確な真実を如何に抽出するか…。

此方の方が重要な作業になる。

歴史の羅列を浅く拾い読みする人も居れば、深い真理を読み取れる覚者も居る。

こうした二者だけを見ても人生観の懸隔は大きなものになるのである。

ましてや自己都合主義者による歴史の改竄は深刻な問題ではないか…。

更に深刻なのは都合の悪い歴史的事実を破棄する迷妄者の出現である。

かくして日本の歴史的事実も度々改竄され、正確な正史は闇に伏されたまま今日に至っている。

正史は三種残すと言うことであったが、@ありのままをありのままに書き残すA正統書としての要約として書き残すB要点の詳細と解説書として書き残す。

こうした三つの正統な歴史書が必要である。

日本の歴史も正しく管理する専門家が担当者として従事させなければならないのである。

このような正史が存在すれば、たとえ歴史認識の懸隔者が現れても、時折り出現する高徳者が歴史認識の誤解を正確に正してゆくであろう。

そうした修復の偉人も未来の至る所に出現(生誕)する予定がある。

彼らは魂の性質が生まれながらに高いものを持っている。

多岐に渡る個性が同居する21世紀の地球人は、考え方の違いが現れて当然であります。

自由意思を履き違えて得手勝手な人生を送る者も多いはずである。

これは個性化の時代に於いては仕方の無い事実である。

 

 

 

  29 黎明の風 【文化編】