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041 無から有を産み出す
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皆さんが何気なく使っている言葉…。 この言葉の発生源が何処であるのかを考えたことがあるであろうか。 言葉は文明の基礎でありながら、数多の文化を創造した道案内でもあります。 民族の違いによって言語は異なっても、お互いの言葉を翻訳できるということは、魂の語源に立ち返れば一つの共通意識に辿り着くということである。 言葉は本来、何も無い真っさらなところから創造された…。 日本語の創造形態を紐解けば、言葉は神々の創造と共に果たされている。 民族の語源に当たる部分には、文化の源流となる中心的霊語が存在する。 それが『あ』の字であるが、事の始めに当たるものは常に『あ』字であると言うことである。 旧約聖書にも『始めに言葉あり。言葉は神と共にあり。言葉は神なりき。万のもの此れによりてなり。此れによりてならざるはなし…』 更に旧約聖書は続けて… 『神、光あれと言いたまいければ光ありき…』 言葉による創造の太初は光であったのである。 光とは大和言葉に於いては『あ字』であり、この『あ字』に該当する神の御名は天之御中主大神であります。 日本の古事記の冒頭には 『天地の始めの時、高天原に成りませる神の御名は天之御中主神、次に高御産巣日神、次に神産巣日神…』から始まっているのであります。 言葉の中心は『あ字』であり天之御中主大神であります。 実相宇宙の根本神として光の源には天之御中主大神が存在され『あ字』を司っておられるのであります。 |