056 記録は歴史の証人

 

 

史実の中には疑わしい記述が稀にあり、時代背景によっては傍流となって偽書迷書の類に追いやられる史実もある。

その内容が飛び抜けて奇抜であったり、あまりにも著者の都合が多かったりすると、大衆には受け入れられない事態もあるのである。

しかし偽書迷書の中にも真実があり、その時代に作者が何を語らんとしていたかを逆推測することは可能である。

歴史上で大きな闘いがあった場合は、勝利側が官軍となり敗者側は賊軍となって、それまで培ってきた貴重な資料等も総て処分されたのである。

そうして為政者の暴挙で闇に伏せられた歴史も存在するのであります。

類い稀なる文明が史実もろとも失われてしまい、人類の進化からすれば退化の道を転げ落ちた歴史も存在するのである。

また勝利者側の歴史も誇大表現をもって歪曲記述される場合もあり、現在の人類に残された文化は正確性にも欠けるのであります。

むしろ敗者側の歴史の中には、追い詰められた悲痛の境遇ゆえに、かなり正確な記録が有り得るのである。

こうした話から勝利者側あるいは敗者側の真実の序列を決めたい訳ではなく、有りのままを有りのままに受け止めた上で、残された文章から作者の意図を読み取り、時代の要請を掴み取る作業が必要になる。

それを正確に行なえる徳者の育成が急務である。

つまり高い徳性を身に湛えた人格者が足りないのが現状である。

こうした状況は長らく人類が自我の克服を後回しにしてきた弊害である。

自身の我儘を正統化せんと目論んだ為政者の迷いであります。

 

 

 

  29 黎明の風 【文化編】