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093 智恵と教訓は心の財産
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ここまで神話伝承を幾つか紹介してきた訳であるが、たとえどの様な物語であっても、その内容に込められた真理には、人間の生命を進化させるエッセンスが隠されている。 物語の表面的解釈に囚われて、内容が実話か否かを論ずることは時間の無駄使いである。 それは会話をする度に言葉の字面に囚われて挙げ足取りをする愚者の行為と同じであります。 表面的解釈しか見えない者は、物事の真相に辿り着けない愚か者である。 神話の神々が何処で生まれ何をしたか…の正統性を議論しても、大切な真理そのものに至らなければ不毛である。 なぜ神々は行動を起し、何ゆえに足跡を残したのか…。 そうした経過の理由(心模様)の中にこそ、抽出しなければならない真実がある。 あの人は良い人だ(あるいは悪い人だ)と言う決め付けが、如何なる意味合いであるかを精査しないまま鵜呑みにすると、人格の本質を誤解したまま善人として祭り上げたり(または悪人として傍流に押し込めたり)しがちであります。 だいたい利己的感性で生きている者ほど、他人の良し悪しの判断基準が自己都合に対する良し悪しになっている…。 自分に都合が良い者を善人とし、自分に都合の悪い者を悪人としがちであります。 そこには経験値の深浅が垢ら様に影響するのだ。 経験が少ないままでは小範囲での知識しか得られず、我の強い者は小知に固執して他者を裁くのである。 文化的素養を育てる為には多感な経験値が必要であります。 多感な経験値は智慧と教訓となって、豊かな心を育むのである。 |