104 光輝なる時を生きよ

 

 

運命は偶発的なものではなく必然性を帯びた結果である。

運命の大半は本人の感性と知性が鉾先を決めている。

同じような経験に対面した二者が居たとしても、それをA者は悲劇的に受け止めたが、B者は幸運の前触れとしての試練だと受け止めた。

悲劇として受け止めたA者は自らの不運を嘆き、他者からの労りの言葉さえ卑屈に受け止めた。

試練として受け止めたB者は努めて謙虚に振る舞い、他者からの心ない言葉さえ人生の糧として前向きに受け止めた。

さて貴方はA者とB者の何方が人間として正しく生長すると想えるであろうか?

それは間違いなくB者であります。

人間が抱く思い(想い)には現状での容量が存在する。

この容量は本人の経験値によって広くも浅くもなるが、大抵の人は個人的な理由(決め付け)で現状での容量を固定している。

その方が思考能力が安易(楽)であるからだ。

徳性を深めた人が冷静な判断で世の中を見れば、誰が不運(不幸)で誰が幸運(幸福)であるか一目瞭然である。

それは本人の感性(受け止め方)と知性(その後の考え方)を分析すれば理解できる真実である。

こうした話を素直に解すれば、運命は自らの意志で好転して行けるものだと気付くはずである。

それに気付けば日々小さな努力を積み重ねてゆくのみであります。

それが徳積みの基本的な姿勢である。

感性(受け止めた方)を改め、知性(その後の考え方)を浄化して、貴方よ光輝なる時を生きよ!

貴方の人生を光で埋め尽くせ…。

時は既に今である。

 

 

 

  29 黎明の風 【文化編】