011 価値観の共有

 

 

物々交換が行われた時代には、それぞれの物に対する価値は、その場限りの流動的な価値観でありました。

自らが所有する不用品の中で相手が必要とする物品を差し出し、相手が不用品となす物品の中から自分が必要とする物と交換するのです。

当然のことながら必要とするものこそ価値あるものであり、不必要な物は大量に差し出されても価値なき物でありました。

また前回に必要であった物でも今回は不必要であれば価値は無いが、次回には再び必要となれば価値あるものとなります。

現代社会でも多少の商品価格の変動はあるが、いきなり無価値(0円)になったり明日は一万円になるということは無いはずです。

こうした遠い昔に行われた物々交換が成立する背景には、交換をする相互の物品そのものの物的価値ではなく、生活必需品としての使用目的そのものに価値があったと言うことです。

この相互の利用価値が共有出来れば、物々交換は滞りなく成立したのであります。

使用目的(利用価値)には人間自身の主体性があり、そこには本人の意思が成り立っています。

しかし現代社会に多く見られる物的価値は、物品そのものに価値が付加され、そのため時に物的価値の方が主体力が強くなり、扱う人間の方が隷属的立場に堕している場合も多くなっています。

使用目的(利用価値)が殆ど無くても、所有することに意義を持つ人も多くなりました。

こうした所有価値の根底には、人間としての心の闇(物欲)が存在しています。

 

 

 

31 水龍の旅 【経済編】