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024 贅沢三昧への堕落
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貨幣経済が生み出した利便性は、人間の魂の生長を手助けする為にあるのです。 多くの時間を費やしてきた生業への消費時間を短縮して、生活の中に精神性を取り戻す為の自助努力の工夫をすることが、貨幣経済の利便性によって実現するはずでした。 現代科学の進化も、経済の流転によって脇役的存在を貫けば、人類の救世主になれたはずであります。 しかしながら人間の欲望は魂の浪費に向かい、その利己的浪費への渇欲は時間を食い潰す姿となって、まるで潮水で喉を潤そうとするかの如く悪循環を繰り返すのである。 そうした渇欲想念が時空を飛び交い、更に人心を狂わせながら未来の見えない人間を大量生産させようと目論んでいる。 贅沢三昧への堕落は、時間の浪費に繋がるものであると言うことを知る必要があります。 努力して生み出した精神性向上の為の時間は、利益史上主義の企業倫理が食い潰して、一部の浪費者の私利私欲を満たすための労働時間に使われています。 世の中を支えているのは消費者であるが、世の行く末を歪めんとしているのが浪費者である。 そうした浪費者は残念ながら社会を動かす運営者側に多く存在します。 しかもその洗礼(自然浄化)を受けるのは、何時の世も罪なき消費者たちでありました。 人類が21世紀初頭に世紀末を迎えた原因は、人としての心を見失なった浪費者たちの贅沢三昧にあったと言うことであります。 |