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066 伏流理論
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山間に降り注いだ雨が山肌に染み込み、何十年もの歳月を掛けて雨粒は浄化され、やがて麓で泉水となって湧き出します。 この伏流水としての期間が大切でありまして、天空にあった不純物を雲がモップ掛けをして雨と共に地上に落とす働きをして、その後伏流水となることで山岳や大地の土や砂利で濾過された水は清らかな姿に戻れるのであります。 経済の流転も同じ作用を繰り返します。 ある会社(工場)に仕事の依頼があれば制作費が渡されます。 その資金は一時期その会社に伏流金となって留まり、制作に携わる多くの人々の労働を待ちます。 そうしてやがて善なる労働の代価(賃金)として支払われます。 つまり制作に関わる人間の愛情が資金を浄化するのです。 ここで労働者たちの働く意義は大切であり、何のために働くのかという想いの質によって、資金の浄化具合が違ってくると言う訳です。 良き人々の働きによって浄化された資金は、その後また浄財として善展開して行くのであります。 金銭にも魂(心)が宿っています。 その魂は人から人へと天下を渡り歩いて、様々な使途を経験しながら魂修行をしているのです。 人間側が善意の使途で金銭を使えば、ステータスの高い品格を得て金銭は次なる職務に向かうのであります。 人間は金銭との上手なお付き合いを心掛ける必要がある。 どの様な理想で資金を流用するかを、よくよく考慮するべきであります。 その意味内容によって経済の流転は清流にも濁流にも姿を変えるのです。 |