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067 聖水理論
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自然界に展開する水の流転は、様々な働きを経過することで純粋度が増減します。 透き通る水は清らかで美しく、濁りある水は汚れて不衛生でもあります。 それでも水の本体(主成分)そのものは、未だかつて一度も穢れたことがありません。 汚れたように見えるのは水の本体ではなく、水に付加した不純物(ゴミやチリ)が汚れているのです。 その不純物を取り除けば再び水は清らかな聖水に戻るのであります。 これもこのまま経済流転の法則に当て嵌まり、金銭そのものは価値中立的存在で一度も穢れたことがないのです。 しかしその金銭を扱う人間の心が付加価値として取り憑いて、時に善金となり時として悪金となるのです。 こうした付加価値とも言える善心や悪心を浄化したなら、本来の純粋な金銭的価値はゼロテン復帰するのであります。 善金は善人の処に行きたがります。 悪金は悪人の処に行きたがります。 類が類を呼ぶ心の法則は経済の流転にも作用を成して、金回りの良い人が居る傍らで、借金苦に喘いでいるような金回りに縁遠い人も居るのです。 神社などで浄財供養を施す所もあるようですが、金銭を扱う側の人間の心を最優先に浄化するべきでしょう。 そうして聖水のような清らかな心で仕事に生活に臨めば、浄財との縁が深まって、縁は円を引き寄せるのであります。 心の法則を熟知した者が経済界で活躍すれば、経済流転の法則は善運用され、経済界の救世主は華やかに財政復興を実現させるはずです。 |