096 職業選択の自由

 

 

将来への夢を心に抱く青少年たちは、純粋な気持ちのまま大人になれば良いのですが、何時の時代も社会の荒波は、若い理想を呑み込んで亡き者にしてきたのです。

個人主義社会は組織力に弱く、浅はかな人間関係で築かれた社会制度は、疑心暗鬼が先行する罰則が増えるばかりであります。

人と人との心と心が通わない社会は、どうしても刑法や民法が複雑になり、憲法の条文も枝葉が増えて国民の理解力を妨げています。

他者の気持ちを配慮する精神が失われたなら、自己主張の行き着く先は利己心(自己中心)である。

自由には責任が伴いますし、権利には義務が伴います。

この責任や義務は、残念ながら利己心者には見えない領域であり、自己中心者に見える範囲の責任や義務は、何処まで行っても自己流判断であります。

つまり根本的なスタートラインが間違っている…。

そうしてそれに気付かないまま(気付こうとしないまま)社会生活の中に埋没しているのです。

そうした社会の荒波の中に夢の新芽を植えたなら、瞬く間に心ない迷妄者たちに潰されてしまうでしょう。

よほど意志を強く堅持しないと初志貫徹は難しくなります。

そのため学園都市での魂の学びに於いて精神面の基礎研鑽は必須課題であります。

魂の生長は個人主義では限界があり、複数の人間関係を日々体感することで真実の愛を深め、本当の智恵を身に付け、人間としての徳性を高めることが出来る…。

それが学園都市に可能である理由は、先達が後衛を教え導く現実的なシステムが存在するからであります。

そうした学園都市にて将来の夢の実現を疑似体験(社会生活の一部として機能)してから、生徒たちは社会に旅立って行くことになります。

要するに学園都市内には総ての職業が実生活を回す範囲で共存していると言うことです。

また人間の生活にとって必要ではないかと考えられる新事業の研究開発も、学園都市内で発案実施できるため、社会に事業展開する以前に必要なデーターを得られることになります。

誰にでも職業選択の自由がありますが、総ての職業には需要者(消費者としての心ある人間)の存在があるため、人間真理を魂徳育で学んだ生徒たちは、顧客の諸生活を配慮する心で夢実現を目指すことになるのであります。

 

 

 

31 水龍の旅 【経済編】