098 質の高い悩み事

 

 

人生には悩みが付きものであります。

例え何を選択しても、選択肢に応じた悩みが出てくるはずです。

そうしてそれは悟りの高低に関わりなく、必ず通り越さねばならない関門でもあります。

高い徳性を得たなら悩みが無くなるものではありません。

むしろ高い徳性を得た人格者ほど高度な悩みに直面している…。

ただ彼らは解決能力も身に付けているため、何時までも同じ悩みの中に安住せず、コツコツと地道に解決策を実践しているのであります。

堂々巡りは自分という自己限定の殻(御堂)の中に込もって、同じ悩みを何度もリフレインさせている状態です。

具体的な対策を考える余地が無いほど、同じ悩みの御堂(自己限定)を虚しく繰り返している。

何を選択しても後悔は付きものであります。

そうであるのなら解決能力の方を高めるしかないのです。

雨が降れば傘をさせば良いし、傘が無ければ購入すれば良いし、傘を購入する場所が無いなら暫し雨宿りして次なる手を考えれば良いのです。

思考の停止こそ鬱状態であり、思考が停止したまま無闇な行動を起こすことが躁状態であります。

躁鬱は本来は病気ではなく、筋道を立てて目先のプランを思考しないまま立ち尽くすか突っ走るかの違いである。

前向きな思考を繰り返す訓練をすれば、魂は躁鬱から解放されるのです。

この前向きな思考が将来への希望となって、明日を迎える生き甲斐となり、今日を生きる遣り甲斐となるのです。

しかしこうしたアプローチには正しい徳性を附帯した導師が必要であります。

学園都市には徳性開発を日課とする高徳者が導師として寄り添っています。

人間は諸生活を通して学ぶ姿勢が身に付けば、自然と無限生長の軌道に乗れるようになるのです。

繰り返しますが人生には悩みが付きものです。

どうせ悩みが付きものであるなら質の高い悩みを克服できる人格を磨くべきであります。

身に付いた問題解決能力は、他者の迷いを助け導くための智恵となる。

人生には不必要な経験は一つも無いと言うことであります。

 

 

 

31 水龍の旅 【経済編】