099 先達であり導師

 

 

魂の生長にはココまでという終わりがありません。

人間の魂は永遠に生き通しの生命であります。

悠久の過去から転生輪廻を繰り返してきたであろうし、永遠の未来に向かって数限りなく生まれ変わりを続けるのです。

個性としての魂の性質は、転生輪廻の過程で積み重ねてきた経験や体験から、智恵や教訓を身に付けてきた結果であり、その結果がそのまま経過になるのです。

学園都市には人生の導師が居ますが、彼等のような高徳者たちは誰よりも自己研鑽に励んでいます。

心の浄化と魂の学びにも終わりがありません。

他者と同じ経験を積み重ねても、高徳者たちの得度は高みも深みも違うものとなっています。

それでいて一般人と変わらぬ生活を踏み締めています。

自らの日々の徳性開発をコツコツと続ける傾向性は高徳者の証でもあり、彼等の生長は常に360度の廻向(意識転換)である。

例えば真理に目覚めた人が目から鱗が取れたような心的自覚を得たなら、それまでの人生観が180度の変化を見せるのです。

周囲の人々が驚くほどの人格改善が起るのであります。

その善走善歩の姿は美しく、尊敬の的にもなるでしょう。

しかし徳者が更に生長すると、その生長具合は他者には気付かれないような人徳組成をするのです。

大きな悟り(自覚)を得ても普段の生活を平然と行い、変わらぬ人間関係と職務遂行を続けるのであります。

彼等(高徳者)は魂の生長が無限であることを自覚しているため、その歩みは至って静かであり慎重であるのです。

日々の生活の中にも魂の生長がある…。

常なる生長に臨み続ける人であるからこそ先達として仰がれるのであります。

日々の自己研鑽を放棄する者は、先達としての徳性を維持できないのです。

こうした先達であるからこそ優れた導師として尊敬されるのです。

人格者を見分ける最低基準は、個性に応じた基礎研鑽を続けているかどうかで、それなりに判断できるのであります。

 

 

 

31 水龍の旅 【経済編】