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102 都市機能の再考研究
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人類が長らく求めてきた民衆政治は、資本主義に於いても社会主義に於いても正しく機能してきたでしょうか…。 議会政治を維持継続するためにバックボーンとなった基礎学問は明治時代に広がりましたが、いつも人心を迷わした問題は、生活に直結する経済問題でありました。 人が地上世界で生きて行くために必要な衣食住は、経済流転を後押しする産業の安定が必要不可欠であります。 知識だけ詰め込んだ学問は何に使われたのか…。 平和利用を願って創造された爆薬や原子力が戦争兵器に使われたように、いまや学問も経済も戦争に悪利用されています。 戦争に大義があるとしても、それは何処まで行っても力の論理に他なりません。 力の論理の核にあるものは腕力であります。 圧倒的な力量で圧し潰す手法は、規模の大小に関わりなく恐怖感を付与して戦勝を目指す数量の論理と同じ理屈である。 民主主義に働いている行動原理は力の論理であります。 現代の民主主義には年齢制限があるだけで学問の個人的水準はありません。 それと同じような理由で現行の民主主義には人格の個人的水準もありません。 精神が幼いままでも成人を迎えれば大人として有権者の仲間入りを果たします。 自我我欲に振り回されている人々も、我儘を自制出来ない人々も、平気で暴力を振るう人々も有権者の一人として数えられている…。 さらに有権者の年齢制限を引き下げて、未だ社会の流れをよく理解していない子供たちまで有権者にして責任を背負わせようとしています。 もはや民主主義は軽く安っぽい社会制度になりました。 貨幣経済に流れる想念には疑心暗鬼が満ちています。 学問の中に徳育が足りないのであります。 どのような人が本当の人格者であるか解らなくなっているのです。 こうした状況下で行われる多数決に誰も危機感を抱かないのでしょうか…。 日常生活を作用する都市機能が、歪んだ人心集団の議決(力の論理・数の論理)で定められているのです。 こうした衆愚政治に落ち込まないためには学問の中に徳育を注ぎ込んで、精神的人格者を多く育てなければならないのです。 良識ある人格者が大多数存在してこそ民主主義は成り立つのであります。 学園都市は人格者育成と共に都市機能を再考研究して、近未来に要望される都市機能の理想的形態を提案出来る立場にあります。 |