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005 天理 |
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皆さんが住まう地上世界は物質世界であり、全ての造物には設計図なる雛形が存在します。 それは建築物の設計士が書いた雛形(設計図)のような存在で、その雛形があれば何時でも何処でも同じ建築物を建造できる…。 これが自然界にも存在します。 梅の木には梅の木の雛形があり、桜の木には桜の木の雛形があり、 春先から蕾が花を開いて列島を駆け抜け、季節の彩りを演出しています。 こうした梅や桜の開花が毎年のように咲いてくるからには、かくなる雛形(設計図)が実相世界に実在することの証になっています。 花弁の形や色合いや薫りまで同じ姿を現してくる神秘は、偶然なる存在形態に拘る物理では解釈できません。 21世紀を迎えた70億の人類が、みな同じ姿形を有して生きています。 体が一つ、頭が一つ、手や足は二つ、目が二つ、鼻が一つ、耳が二つ、口が一つ、手足の指が5本ずつ…。 仮に人間が偶然なる産物であったなら、ほぼ70億分の70億という偶然は有り得ません。 これは目隠しした人が目の前の用紙に顔を書く場合に、全く同じ姿形を70億人書くことは不可能であります。 しかし肌の色が違うとか言語が異なるとか、生活習慣や文化の差異は有れど、人間の身体は同じ姿形を現しているのです。 こうした事実は人間の雛形(設計図)が実相世界に実在することを証明している。 人間の雛形を考え出したのが創造主の叡智であります。 こうした人間存在の設計図は地上世界に有る訳ではなく、霊的世界(しかも高次元神界)に理念(元データー)が実在するのです。 人間の雛形(設計図)は天理として実相世界に実在するからこそ、人類という括りで長き転生輪廻に役立っています。 神の創造に場当たり的な偶然の産物は有り得ない。 そこには必ず創造主の叡智(意図)が込められています。 かく在れという想い、かく成れという願い、かく生きよという親心が、天理として創造されたのであります。 こうした必然の天理が実在する事実こそ、人間が一人残らず神の子であるという証明にもなっております。 |