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019 男女 |
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創造主の天地創造に於いては人間が最高の芸術作品であると語りました。 それと同じくらい素晴らしい芸術作品が人間の男女(性別)であります。 個性体を創み出すだけならば男女の性別は無くても良いかもしれませんが、創造主が敢えて男女を別けられた背景には個生命に対する深い慈愛の念があったからです。 たった一面の命であれば、自己存在の良し悪しも気付きにくいであろうし、不足の要素も生長の材料も見い出し辛いであろう…と。 やはりもう一面から違った視点で見つめ合い、足らざるを補い合い、力を合わせて助け合い励まし合い、進んでは新たな生命(新価値)を生み出す半身として、創造主は生命体を陰と陽とに枝分かれさせたのです。 それによって生じてきた問題は心の寂しさであり虚しさでありましたが、それを創造主は寧ろ良しとしたのであります。
可愛い我が子(生命)たちよ 汝らは寂しいか… 虚しい気持ちを抱いているか… しからば互いに愛し合え 悲しみ苦しみは半減するであろう 喜びや楽しみは倍増するであろう 互いの足らざるを補い合いなさい 悲しみ苦しみを分け合いなさい 喜び楽しみは分かち合いなさい さすれば永遠に絆は深まり 互いの輪廻は交鎖を重ねて 確かな生命の調べを奏でるのだ
創造主の個生命に対する想いは、まさに親心そのものであります。 つまり寂しさ虚しさは愛の存在を実感するための心の調べであり、魂の半身を呼び寄せ引き寄せる人生の妙薬であります。 残念ながら現代人には男女の性も科学的アプローチが遅れている領域です。 なぜなら科学的アプローチが無限永遠なる霊性の領域へ入り込むことを躊躇しているからです。 もう現代の科学者には何も言うまい。 未来の科学者たちよ恐れず霊性の扉を放ち、開かれた霊宇宙をこそ科学して致だきたい…。 そこにこそ今まで秘されていた総ての答えが見い出されるのであります。 |