022 理念

(純粋個性の故郷)

 

地上に派生した科学が霊性を嫌う理由は、現実味に欠けると言うことと具体的理論性に欠けるということです。

確かに唯物的思念には具体的現実味があり、目で見て手で触れられる確かさはあるでしょう。

しかし現実味のある物質世界にはリアル感覚に訴える力はあるが、時間や空間を超越する真実性は感じずらいのが現状です。

だからこそ唯物的科学者は実験器具では測れない霊的世界を否定して、ますます頑固なまでに現実知識のみを信奉するのです。

霊性の扉を持ち歩いているにも関わらず、心の瞳を霊界に向けようとしない…。

もともと物質の動きに内在するものは目的意識に元ずいた生命エネルギーである。

物質から生命エネルギーが抜け出せば、残された物質が向かう先は死滅であります。

老齢化し分解して機能を終焉させるのです。

それにストップを掛け再生して元なる機能を取り戻させる力が生命力であります。

この生命力は霊的世界の最奥部(高次元神界)から照射される実相世界の光である。

これが理念(純粋個性)と言われる生命力の故郷に当たります。

つまり霊性を否定していては永久に解明出来ない霊科学であるのです。

理念には数々の窓口があります。

それは昔の活動映画の映写のように、フィルムに光源を当ててスクリーンに様々な姿を映し出すフィルムそのものに該当するのが理念である。

その理念(純粋個性)に人間を描けば、その人間の雛形通りの生長がスクリーンに映し出される。

しかしそこに個人的なフィルター(欲得願望)を付加しがちな者が多く、本人の思念想念(霊的フィルター)の付加分だけ人生が歪んでしまいます。

人間の運命は良くも悪くも本人の普段からの魂の傾向性に左右されると言うことです。

元なる理念(生命の実相)は完全円満なる人生を描かれていたにも関わらず、心に個人的な曇(迷盲)を抱くことで、本来の生命力が人生途上に薄れて映し出されるのであります。

 

 

 

32 未来への礎 【科学編】