027 変化

(姿を変える原因の種)

 

人生が上手く行かないと運命を嘆く人が多いが、そうした人ほど心を顧みて反省し、地道な善行愛行を施すべきであります。

過去を振り返って反省するにも人によって実力の差はある。

人生を足止めしている根本原因が何であるかを見い出すことは難しいのです。

なぜなら心の原因は適材適所で姿を変えて、その存在を知られないように画策してくるのです。

大抵は自己反省が出来ないような邪魔立てをして、同じ思考を堂々巡りさせられ、最後には何時も他者批判や責任転嫁で自己満足するのです。

こうした利己心の魔が心の中を見え辛くしているのであります。

本来の根本原因は些細な存在であるかもしれないが、それがよく見えないからこそ大問題にも思えてくる…。

反省回顧が習慣になって、徐々に心の内部の見通しが効くようになってくると、利己心の魔は根本原因を見い出されまいと他の原因に摩り替えることがあります。

そうして考えれば考えるほど迷宮入りして時間だけが虚しく流れて行くのです。

この根本原因の摩り替えに気付くためには客観視が大切である。

自己反省を主観で行なっている間は軍配に甘えが出て自分は何も悪くないと帰結しがちであります。

そうした人の反省は自己反省ではなく何時しか他者批判になっています。

このように益々根本原因が見えなくなってしまうのです。

やはり自己反省にも実力の差はあると認めて、地道に習慣付けをしながら精度を増してゆく努力が必要になるのです。

利己心の魔は自我の中に潜んでいます。

自我そのものは本来は価値中立的な領域であり、扱い方によって善にも悪にも靡くものである。

しかしその自我の利己的着眼点を住処とするのが利己心の魔であるのです。

この視点を利己的着眼点から他己的着眼点に変換するためには、他者の気持ちを配慮する必要があるのです。

それぞれに同じ心がある…。

痛みも苦しみも同じである…。

人に言えない秘密を抱えている。

その心情が理解出来れば、正しい心の客観視も出来るようになるのであります。

 

 

 

32 未来への礎 【科学編】