031 物理論

(地上世界の縁説)

 

古代の人々は神の存在を前提とした正しい信仰心を誰もが持っていました。

肉体の死後は魂が霊界へと帰るということを当然の如く受け入れて生きていました。

村々には威厳ある長がいて、神殿にて威儀を正しながら神の心を奉拝したのです。

後世に霊性を継承する儀式があり、祭祀儀礼の禅譲が行われておりました。

翻って現代を見れば信仰の自由が叫ばれておりますが、この場合の現代人の自由とは、むしろ信仰心を持たない自由として悪用されている。

本来の信仰心というものは魂の故郷を見失わないための命綱であります。

どのような境遇にある人であれ何時かは帰り行く懐かしい郷里を忘れないための生命の絆である。

この生命の命綱(絆)を日本人が放棄した時代は少なかったはずです。

かの戦国時代でさえ刃(やいば)を交わしながらも神の御加護を祈ったのです。

そうした気高い霊性こそが日本人の心(大和魂)でありました。

それでは何が日本人の霊性を失わしめたのか…。

その遠因は複合的な要素がありますが、恐らく主原因に当たるものは近年の科学が正しい羅針盤を失ったからであります。

現代の科学者たちが信奉するものは地上世界だけで完結せんとする物質論であり、生命の起源が偶然の産物であるかのように錯覚した現象学である。

自然界を含んだ物質世界を解明せんとする科学者たちの試みは賞賛に値しますが、未だ神秘のベールに包まれている膨大な未開の地(霊的世界)を封印(否定)する科学は、人類の知性から黎明進化を遠ざけてしまいました。

霊性開示の時代(21世紀)に新たな霊性科学者たちが天才児の如く現れてまいりますが、彼等は物理論そのものを闇に封じることはしないはずです。

何故なら真なる覚者(霊性科学者)は、霊的世界と地上世界の本当の関わりを悟った方々であるからです。

物理論には物理論の立場があることを彼等は容認した上で、正しい霊性開示を科学者らしい切り口で実証するのです。

また彼等は彷徨う物理論の被害に遭って闇に葬られた正統科学者たちを一人残らず救済するはずであります。

 

 

 

32 未来への礎 【科学編】