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032 思想論 |
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人間に与えられた自由意志は善も悪をも成し得る自由ではありますが、創造主の真なる願いは個生命たちの主体的な善性の選択であり神性の選択であります。 時には道を誤って悪路を歩かざる負えない状況があるにしても、何時かは必ず本人の主体的意識で善路に立ち返るであろうと、創造主は永き長き時間を掛けて待ち望んでおられるのです。 これは御祖である創造主の愛する我が子に対する大いなる慈悲である。 こうした深い慈愛は個生命たちの生命の実相を根源的に信頼している親心であるのです。 しかし創造主は大信頼の権化のような方でありながらも、大教育者の権化のような方でもあります。 主体的に生長を臨む個生命たちには無尽蔵の叡智を授けるのです。 そうして魂の生長段階に合わせた悟りの階梯を、霊界秩序の下に配備されたのです。 魂の自由意志には結果に於ける責任がある…。 その責任をシッカリ果たしてこその自由選択意志なのであります。 創造主の個生命に対する自由意志は魂の平等観念であり、個生命自身の努力の度合いに応じた段階的成果は魂の公平観念です。 この平等観念と公平観念は出処が一つ(創造主)であるにも関わらず、地上世界では思想の自由として哀れにも分離されてしまいました。 平等だけを思想信条にすると努力もせぬまま権利ばかりを主張する考え方が蔓延します。 公平だけを思想信条にすると努力の不足者に義務ばかりを主張する考え方が蔓延します。 何方に考え方が片寄っても不完全な主義主張のまま、相反する思想(主張)を裁いたり退けたりを繰り返すのです。 こうして地上世界の思想信条は不完全なまま21世紀を迎えてしまいました。 いったい何処まで辿り着けば双方の主義主張を受け入れるのか…。 今のままでは辿り着く先は戦乱破滅であります。 地上世界にのみ向かう物質化現象は、その内に生命が無くなると分割分離を繰り返して消滅への道を突き進むのであり、思想信条の中に神の生命が無くなると思想の物質化現象(分割分離)を繰り返して、行き着く先は廃墟(思想の死滅)であるのです。 人類の思想史に足りないものは他説への寛容であります。 自説に固着する者の末路は何時の時代も哀れな結末でありました。 |