054 原子力

(否定された善用力学)

 

東日本大震災以降、原子力発電所の廃止や見直しが検討されています。

発電形態としては水力発電や風力発電、更に太陽光発電などが実用化されておりますが、近年の電力事情は電力消費の増加に伴って、原子力発電への依存度が高まりつつあったのです。

戦時下では唯一、原子力爆弾を投下された被爆国として、その危険度の高さを熟知しているであろう日本人が、高度成長の偽りの繁栄期(栄華に心酔した時期)に原子力発電所を量産したのであります。

原子力を発明した科学者は、間違いなく平和利用(幸福生活の利便性)のために原子力を世に出したはずです。

それを殺戮兵器に悪用した者こそ深い罪過を償わなければならないのです。

未来の霊性科学では原子の安定分解や有用蘇生が可能になるでしょう。

危険度の高い物質も、その危険度合いを軽減する方法が見事に編み出されるはずです。

原子力と原爆を同じものとして扱うことは、料理人が扱う包丁の使途を、調理用と殺人用と同じものとするぐらい懐疑に満ちた性悪説であります。

もちろん人間は善意も抱くが悪意も抱きます。

民主主義の時代に思想言論の自由を縛ることが出来なくとも、人間は人格を高めることで良し悪しの分別や衝動感情のコントロールが可能になるのです。

しかしながら近年では人格形成のセミナーなどがあっても、その内容が自己実現に偏りつつある。

さらに困ったことには人格形成目的の自己実現成就が、独善を公然として当然のように説いております。

どうやら人類の大半が性悪説を信奉しているようですし、懐疑的戦略は企業のマネジメントとして悪用されてもいます。

未来の人類が人間の本質を悪だと決めつけるなら原子力発電は放棄した方が身の為である。

しかし人類が人間の本質を善だと信じられるのなら、傾いた世界経済を立て直す為の貴重なカードとして、原子力発電を善用すれば良い…。

しかしその為には学校教育の中に低学年から一貫した徳育を取り込む努力を惜しんではならないのであります。

そうしてこの徳育は社会人にこそ必要不可欠であり、中小企業は元より大企業に至っても、業務の傍らで細々と徳育が続けられる必要があります。

こうした徳育を放棄した大企業は悪心の巣窟となり、企業戦略の中に平然と騙しに通ずるカラクリを組み込んできます。

 

 

 

32 未来への礎 【科学編】