060 幸福論

(忘れかけた真理)

 

貴方にとって幸せとは何ですか?

この答えが現状での本人の悟りの境地でもあります。

幸せにも終わりがなく果てがありません。

これが人間の成長にも終わりがなく果てがない証でもある。

そうなると個人の幸せは本人の認識の範囲内に留まるので、悟りの要素としての認識力や判断力は、本人にとって現状での幸せの限界(自己限定)になっています。

この自己限定の殻を打ち破った心境にあるなら利己的な幸福は後回しになりますし、自我の強い振る舞いは影を潜めます。

そこには周囲の人々への心の配慮が優先され、他者の心の喜びや幸せが、そのまま自分の喜びとなり幸せとなるのです。

愛は自他一体の境地であり、相手の気持ちが自分の事のようにリアルに感じられる…。

そこに現れてくるものは同悲同喜・同感同情・以心伝心でありまして、お互いの立場(気持ち)を理解し合い、良き心を示し合せることこそ幸せ(示合せ)であります。

自分にとっての幸せが形ある事物の獲得であるなら、それはその事物を獲得しても心に浮かぶものは自己満足以外の何物でもありません。

形ある事物獲得は、事物そのものに幸福があるわけではなく、その事物を得るまでに行われた様々な努力、迫りくる苦労、打ちのめされた時の涙汗、そうした数々の思いを乗り越えてきた自分の魂に、真なる幸福を感ずるのです。

さらにそれまでの努力精進が自分一人だけの為ではなく、誰かの喜びや励みになるようにと、事物も自我も超越した想いで行われた目的達成であれば、喜びも励みも掛け算になって倍々の成果が現れます。

人間にとっての幸せは事物獲得ではなく、愛の為に貴方は何を成すべきか…という問い掛けに対する、貴方自身の答の中に、その実践の先(未来)に真理があるということです。

目先の自己実現に終始する現代人は猛省しなければならない。

個人主義の中で叫ばれる幸福論は事物に囚われた偶像崇拝である。

物質文明の副産物に目が眩み、事物そのものに価値ありとする迷妄から目覚めなければならないのです。

そうした観点から地上に降りた救世主たちが心に抱く幸せは、人類の魂の救済に対する並々ならぬ愛の想いと、生死を掛けて取り組む使命役割の先(未来)に本来の真理があるということであります。

 

 

 

32 未来への礎 【科学編】