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080 神通 |
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観念自在力の極みには制限がありません。 力量に応じた世界と魂が繋がり、その大力量(如意自在力)を自らの個性を通して発現する霊能力であります。 この場合の個性の立ち位置が最も大切でありまして、自我が強ければ我力の霊世界に通じるし、自我が薄まれば高次元神界に魂が通じるのです。 地獄に繋がるような心は自我我欲で固まった心であり、自己中心的な思考回路に悪魔が巣食うのである。 そのため道を誤った者の精神は霊能力とは程遠いものとなって、地獄の迷妄霊たちの操り人形にされている。 霊能力と言うからには主体的な善事(愛念)が必要不可欠である。 その善事(愛念)と同調する霊世界(霊人)と魂が通じて始めて霊能力は発揮されるのです。 更に精神が高まって高次元世界と魂が通じれば数多の神々との交流が始まり、様々な観念自在力が個性を通して地上世界にも発揮されるのです。 つまり霊能力も観念自在力も、それを扱う(正確にはキッカケとなる)人間の徳性段階の現状(高下)によって、魂が繋がる霊世界も変わってくると言うことであります。 こうした霊能力(中次元世界)や観念自在力(高次元世界)に通ずる能力は、地上人間と霊人神人との調和(共同作業)でありますが、更に人間の魂が自発的に純粋化して我が身を神に奉納する境地にまで高まった時に、人間と神人との融和が果たされ、文字通りの神人合一となって世のため人のため人類救済のために霊能力や観念自在力が扱われることになります。 大慈悲神大慈愛神の想いが清らかな人間の魂を通して発現されるため、これは地上人間の濁りの無い心を通して顕現してくる神力そのものであります。 地上人間の魂に自我の領域が少ないほど神々の想いは濁りのない愛念のまま発現されるのです。 そこに地上人間としてのエゴ(羨望や報償)が出始めると神々の世界と縁が切れるのです。 自発的調和(霊能力・観念自在力)と自発的融和(むすび大道)の違いは、徳性段階を踏破した者の努力精進量の違いでもあります。 心を浄める努力、魂を深め高める努力精進を忘れてはならない…。 世の中が混乱して止まない現代であるからこそ、地上に使命を抱いて降りた光の天使たちは、この言葉を肝に銘じるべきであります。 |