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102 桶狭間が伝える重要な教訓 |
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須佐之男命の八岐大蛇退治に似通った史実がありました。 それが皆さんもよく御存知の戦国時代、織田信長の桶狭間の合戦であります。 東国から兵を率いて攻めて来た今川義元は約二万の大軍でありましたが、それを迎え討つ織田軍は約三千の兵力で、誰が見ても今川軍の優勢は明らかでありました。 桶狭間という地形は細長い谷間のような地形で、ここを通り掛かった今川軍に地元の民百姓が歓迎の意を表して酒や食物などを献上したのです。 それを喜んだ今川軍は暫し兵を休め酒宴を楽しみました。 細長い谷間の桶狭間では隊列も縦長となり、今川義元の守兵も手薄になっていたでしょう。 すっかり気を抜いた状態の中で、当時の尾張地方特有の雷雨が降り出しました。 その転機を活かして今川軍の側面から織田信長の軍勢が斬り込んだのであります。 今川義元の軍勢に飲食を贈呈した民百姓は織田方の策略として事前準備を行ったのでしょう。 こうして約二万の大軍であった今川軍は約三千の織田軍に大敗を喫したのであります。 これは戦国時代の史実であり、何方が善か悪かを判定するのは誠に酷ではありますが、神代の時代に須佐之男命が行った八岐大蛇退治の系図に似通っていることは否めません。 その桶狭間の合戦で織田信長が得たものは、その後の時代を開いた武将たちの魂に目覚めた本物の勇気であったのかも知れません。 その勇気という名の草薙剣は、やがて戦国の世を終わらせ太平の世を目指したはずであります。 この桶狭間の西方(現在の名古屋市熱田)に熱田神宮があり、草薙剣は熱田神宮の御霊代として奉納されているというのであります。 大は小を兼ねる…。 長いものには巻かれろ…と、どうしても人間は見た目の形態で判定を下しがちです。 そうした既成概念を打ち破る為には、事前の備えと勝機を掴む機会(タイミング)を計る姿勢が重要になるのです。 それにも増して此処ぞという機会に一命を賭して、大敵に斬り込んで行く勇気が最も重要なのであります。 例え人生が波乱万丈であっても、要所々々で的を突いた働きが出来れば、万事に打ち勝つ人生を生きることが出来るのです。 大難多危に渡る世紀末時代に、我が身に使命役割ありと観ずる貴方であるならば、こうした史実に元ずいた例え話も大いなる教訓になるでありましょう。 |