105 現状の無理無駄無知を知れ

 

本当の悟りを開いた高徳者たちは他者との比肩に拘らないのです。

人生の達人にはライバルが必要ないのであります。

未だ魂が未熟である者ほど力自慢をしたがるのです。

精神の弱者ほど辻斬りなどで名刀の切れ味を試したがるのです。

心の中に引っ掛かりの多い的(執着我欲)をブラ下げているため、その分かり易い的を悪霊悪魔の類いに狙われるのであります。

自分だけは魔の蹂躙に侵されないと思う者ほど、悪霊悪魔に完全支配され易いのです。

だいたい自分の魂の傾向性を把握出来ない者が、他者の良し悪しを正確に判定することは難しいのです。

その色眼鏡を外さなければ我流の思考回路は決め付け採決の枠から出られないのです。

汝自らを知れ…と喝破されたソクラテスの哲学のように、まず自分自身の無知の知を知るべきであります。

自らの魂の現状を把握する者は、現状の自分にとっての三無(無理・無駄・無知)を自覚しております。

魂の現状を客観視によって自覚するからこそ常に反省回顧を忘れず黙々と努力精進を重ねるのです。

人生の達人(高徳者)が扱うからこそ十握剣も草薙剣も活人剣となりますが、自らの現状を客観視することが出来ない者が剣を手にすれば、剣は殺人剣となって被害者を量産するのであります。

自分が何をしているのかを時折り客観的に分析しなければ、やがて殺人でさえ正当化するようになるでしょう。

凶悪犯罪の犯人が裁判で数々の物証を並べられても最後まで罪を認めない現状を、テレビやラジオで見聞きしたことがあるはずです。

自己の力量に溺れる者は、酒や麻薬に溺れる者と共通するものがあります。

その最も大きな共通項は自己反省が出来ないと言う所であります。

反省回顧(神鏡)と他者配慮(勾玉)を忘れてはならない…。

人間には選択の自由が与えられている限り忘却の罪は自己自身の責任であるのです。

他者に対して責任転嫁をすることが多い人は要注意人物である。

霊性の時代は魂の黄金期です。

魂の傾向性を分析して心を改める者は霊性が輝き、自己自身の心を省みない者は霊性が閉ざされ幽閉の身となるのであります。

 

 

 

34 霊性開示 【封印打開編】