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107 やがて辿り着く人生の疑問 |
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統合的な立場で大宇宙の理想実現に生きる魂は、結果よりも経過を大切にする…ということでした。 結果というものには本来は完結など有り得ないのです。 地上世界に於ける完結は物理的な形である。 つまり物質化の完結は個体としての凝固であり形態としての結末であります。 しかし人間の本質(生命の実相)としての結果には完結は無いのです。 魂の生長は永遠であり無限であります。 時間の流れに極みは無く、空間の広がりに果ては無いのです。 従って魂の生長にある結果には完結は無く、そこにあるものは途中経過としての完成度合いである。 こうしたことから逆発想すれば、結果ばかりに拘る現実至上主義者(実績至上主義者)の魂は物質化に向かい、経過を重んじる生命至上主義の魂の生長は霊性化に向かうのであります。 優秀なトップアスリートは現状の大記録にも満足しないはずです。 物理的な記録は常に過去のものとなり、形に残る成果は何れ誰かが乗り越えて行くものであると言うことを自覚している。 よって優秀なトップアスリートが常に求めるものは、やがては儚い運命を辿る結果ではなく、常に新たな境地を切り拓く希望に満ちた経過であるのです。 永遠無限に立ち向かう生命は輝いています。 宇宙を彩る星々の輝きは希望に満ちています。 やがて星体が衰え星としての使命が終わる日が来ても、内に宿る生命は転生を繰り返して、新星としての使命役割を果たして行くのであります。 人間の魂も永遠に生き通しの生命であり、魂の生長も極みなく高まり果てしなく広がり、認識力や忍耐力、慈悲心慈愛心は止めどなく深まるのです。 そうであるのなら此処に大きな疑問が湧いてきます。 人は何の為に生まれたのか? 人は何の為に生きているのか? こうした疑問は人生の意味となり生命道の意義となるのです。 貴方は何の為に生まれ何故に生きているのか…。 この解答に於いても結果として答えるのか経過として答えるのかでは魂の生長段階に差異が生じる。 こうした所に人間としての現状での徳性の高下が現れるのであります。 |