011  浄化

(反省回顧は王道である)

 

これまで十握剣について説明してまいりました。

十握剣の十ある握(ツカ…実相光明の握り手)は、実相世界から振り降ろされた理念(真理)そのもので、それは比肩なき絶対的真理であります。

しかし絶対的真理は地上世界の混沌状態の中では、眩い光明具現の前に忌み嫌われる場面が度々起こり、魂の成長具合が幼い時代に於いては、むしろ敬遠された悲しい現実を経験しております。

つまり理想(真理)の高さは認められても現実問題に則した場面では、身近な問題としての社会生活(強いては個人的な艱難辛苦)を優先しざる負えないのが、地上世界の悲しい性であるのです。

そうした風潮の中で弱者は強権者の踏み石にされ、常に精神的にも追い詰められた日常を生きているわけで、神仏の加護を願いながらも苦しい現実問題に飛び込んで行くしかなかったのであります。

それでも実相世界の神々は人類救済を諦めた訳ではありません。

時に応じ処に応じて高級神霊を地上に転生させて、凡ゆる災難に対峙させながら、災害緩和や危害退避を陰に日向に行なってきたのであります。

しかしながら人心荒廃は著しく、悪意悪念が跳梁跋扈して、時代そのものが絶体絶命の窮地に立たされることが多くなりました。

そのため実相大神は地上世界に派遣した光の救世主には雨叢雲剣を附帯させたのであります。

この光の救世主は光導神以上の神格を有する神々で、仏教に当て嵌めれば梵天から如来に該当する神格を有した高徳神霊であります。

雨叢雲剣の別名は名高い草薙剣(くさなぎのつるぎ)であります。

苦難困難を克服するための勇壮無比なる神剣である。

一大使命を魂に刻印した神人のみが附帯を許されているため、同時代の人間にはその存在が分からないかも知れません。

雨叢雲剣(草薙剣)の神力が理解出来るものは、それ相応の徳性を有する者のみであります。

雨叢雲剣は常に浄化(反省回顧)を促します。

十握剣が時間軸を通して降り注ぐ光明であるに対して、雨叢雲剣は空間軸を通して光明具現を目指す流動的真理なのです。

そのため三相応(人・時・処)に兼ね合った真理として、縦横無尽に変化しながら切っ先を微調整することが可能である。

そうした意味合いからも地上世界に於いては、往々にして十握剣よりも堅固で鋭利な切れ味を発揮するのであります。

 

 

 

34 霊性開示 【封印打開編】