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012 謙虚 |
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雨叢雲剣には五つの握があります。 その一番目の握が謙虚であり、これが雨叢雲剣の附帯者にとっては生命線とも言える基礎精神です。 現代人には最も足りないものが謙虚であり、また最も誤解されているものも謙虚であります。 基礎精神であるからには魂の傾向性にまで高まっていなければならないし、日々の習慣となっているべき謙虚であります。 しかしこの謙虚の徳性が身に付いたなら魂の堕落は限りなく少なくなり、本来の正道から外れることも少なくなるでしょう。 例え迷い道に入り込んだとしても自力で正道に戻ってまいります。 謙虚さは魂の正しい行く先を示し常に羅針盤の如く歩むべき方途への軌道修正が可能になります。 そのためには反省回顧(足取りの確認)が必要不可欠であり、その各場面に於ける忍耐力と霊耐力を磨いておかなければならない。 何故なら謙虚の徳性が高まることを嫌がる反対霊勢力が存在するからです。 彼らは凡ゆる手立てを使って邪魔立てしてまいります。 真っ当な精神を崩すためには手段を選びません。 善良な人々の心の中に忍び込んで悪事を重ねることが多い…。 しかも知らず知らずの間に悪習慣を付けさせて、本人の努力の範疇では克服出来ない深みまで引きずり落として行くのです。 忍耐力なくば人間は簡単に欲望へと走らされます。 霊耐力なくば人間は安易に魂を汚濁させてしまう。 そうした逆境に立ち向かう勇気を失ってはならないのです。 雨叢雲剣は逆境に立ち向かう勇気が無ければ手で掴むことすら出来ない。 雨叢雲剣も本来は実相世界から降ろされた神剣(光明)であるのです。 しかも長らく八岐大蛇に呑み込まれていたのです。 暗黒思想の権化である八岐大蛇の体内で数々の経験を積み体験を重ねて、忍耐力・霊耐力を磨いてきた神剣(光明)であるからこそ、善にも悪にも強い神力(金剛力)を身に宿しております。 この雨叢雲剣を使いこなすだけの徳性を貴方も磨かなければなりません。 それには先ず最初に謙虚の徳性を身に付ける必要があります。 忍耐力と霊耐力を身に付けたなら自分の心を見失うことが無くなります。 例え心が迷いの中に取り巻かれてしまっても、もう一人の自分が客観的に迷いし自分を見せてくれるでしょう。 そのため反省回顧(軌道修正)が早くなるのであります。 |