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014 調和 |
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雨叢雲剣の二つ目の握は調和であります。 調和は調整の原理であり秩序の基である。 人間関係の根底に調和の理念が芽生えてきてこそ、人と人との心と心が結ばれるのです。 しかし本来の調和は簡単な努力では果たし得ないし維持するだけでも難しいものです。 何故なら調和の徳性には基礎精神に当たる謙虚の徳性が必要不可欠であるからです。 謙虚の徳性が足りない者が調和を目指しても形だけの真似事に過ぎない…。 上辺だけ相手に合わせて、心の中では相手を裁いている人間は誠に多いのです。 それでも社会人として建前ぐらいは保てなければ、争いの絶えない人間関係になってしまう。 つまり調和の徳性は、基礎精神である謙虚の徳性を日々習慣化することに成功した者のみが実現出来る世界観であります。 謙虚の徳性が足りない者は、自分本位の調和を目指します。 それは我流の願望成就である。 また謙虚の徳性が足りない者は、自分の境遇の中で主観を通そうとします。 それは我儘の無理強いである。 更に謙虚の徳性が足りない者は、恥ずかしげもなく権利を主張して損得感情を前面に出してきます。 それは自己保存欲の迷妄である。 貴方の周囲にも存在する自我我欲人間が求める幸せは自分の(強いて言えば自分だけの)幸せであります。 社会人として集団生活の中で調和を目指すなら、本来の人間としての基礎精神である謙虚の徳性を磨いていなければならないのです。 謙虚さのない集団は烏合の衆である。 共同生活を調和で保つ為には、人間としての醜い甘えを薙ぎ払って行かねばならない。 そこに人間の精神の強さが現れ、社会人として見本となり手本となるリーダーも育つのであります。 この調和の徳性では未だ自分の意志が色濃く残っていても良い段階です。 自らの個性(才能)を自発的に提供して何らかの社会貢献が出来れば、それだけでも幾許かの調和は実現するはずです。 絵柄(社会全体)の中で自分のピース(個性役割)が何処にあるのか(何処に赴けば良いか)を見い出すことは重要課題である。 調和の徳性は全体の為の自分(役割)の貢献であります。 この逆の迷妄人間は、自分の為に全体からの貢献(主権)を求める人間であり、彼らには未だ基礎精神である謙虚の徳性が足りないと言うことであります。 |