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023 進化論 |
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唯物論と供に地上世界の物質文明から霊性を遮ったものに進化論があります。 唯物論と進化論の違いは、全ての世界観が偶然の産物であると仮定する唯物論に対して、進化論には生命の神秘(規則性)を必然の産物として捉えている所である。 生命に宿る神秘的な力(状態変化)を認めるまでは大いなる発見でありました。 しかしその神秘性を地上世界に帰結した所に進化論の呪縛が始まったのであります。 全ての生命は海から誕生して、細菌やプランクトンなどを経て、両生類から陸上に上がり、哺乳類・爬虫類へと進化を遂げたと説明しております。 更に人間に於いては猿から猿人類へと進化したものが、やがて時を経て人間になったと解釈しております。 こうした生命の進化経過は、創造の自由性から見ても容認されるかも知れません。 生命は環境や境遇に順応しながら身体を健全な姿に合わせることが出来るからです。 それが神の子人間の生命の神秘力であります。 進化論は人間の進化の過程を地上世界のみに限定して、地上と霊界の扉を固く閉め切ってしまいました。 人間の先祖は猿である…と、こうした迷妄邪説を子供たちにまで学校で学ばせ社会に普及した罪は重い。 人間は悠久の昔から人間であります。 人間としての五体満足な身体で創造され、様々な環境や境遇に肉体を順応させながら、細々と命を繋いできたのが正当な歴史でありました。 進化論の論理確証に足りなかったものは、人類のルーツ(時間)に永遠性を見い出せなかったことでしょう。 人間のルーツ(時間)は三次元世界から見ても無限であり永遠である。 ましてや四次元以降の霊的観念から見渡せば果てしなく極みなき生命の連鎖があるのです。 こうした時間に対する構想が進化論は浅はかでありました。 人類が世紀末を迎えざる負えなかった理由の一つが進化論への傾倒であります。 進化論へ地上意識が傾倒することで霊性は閉ざされ、人間は動物の一種であると洗脳されたのです。 この進化論の呪縛(封印)からも人類は目覚めなければならないのであります。 |