024  個別意識

(我流優先の迷盲道)

 

古来より東洋文明は大和(全)を目指しましたが、西洋文明は独立(個)を目指しておりました。

故に西洋には優秀な思想哲学が派生して、総ての疑問を探求し究明する文化が栄えたのです。

東洋には統合意識を尊ぶ風潮が根付き、協調精神や秩序調和の仕組みを育てる文化が栄えたのです。

何れにしても利点欠点は付き物であり、それ故に争いと和解が繰り返された歴史であったはずです。

西洋文明の個に対する文化は、全体像を解明するための個(基本的尺度)を追求するものであり、個別意識の我流横暴の為に構築された思想哲学では無かったはずであります。

優れた西洋哲学は世の中の疑問を解明する手立てとなりましたが、それと同時に孤高の思想哲学を我流優先の為に悪用した暴君も現れたのである。

もちろん同じような暴君は東洋にも現れ、私利私欲を貪るために和を切り崩す暴挙に走りました。

そうした暴君が強大な権力を利用して時代を混乱させた悲惨な歴史が残っております。

こうした壮絶な汚点は洋の東西を問わず、拭い去れないシミを痕跡として残したのです。

現代社会は個別意識が主流となって我流優先の我儘人間が増えています。

自己主張が良しとされ強い野心を煽るビジネスも増えています、

自分の権利を守るだけで精一杯な所まで追い詰められ、自分だけの立場や都合を優先する迷妄者も増えております。

人間としての人格形成が皆無の時代に、小さな範囲でのヒトラーやレーニンが地域を問わず点在している。

彼らはキッカケさえあれば悪事に加担しかねない精神状態であります。

個別意識そのものは個性化の現代には誠に結構な精神ではありますが、同時に人間としての良識も合わせ持たなければ、良し悪しに関わりなく何でもありの迷妄人間に堕落します。

この良識を教え(学び)育む(行う)場所が、学校教育であるべきなのです。

感情の調律方法を教え導くこともせず、競争意識ばかりを煽るものは教職者としては失格である。

個人プレーは全体を活かす為の個性役割であると正しく知る必要があります。

 

 

 

34 霊性開示 【封印打開編】