|
025 独占欲 |
|
現代社会の迷妄の一つに独占欲があります。 独占欲は足ることを知らぬ不足の念が癌細胞の如く心の中を支配しているのです。 未だ魂が幼い状態であると不足の念は常に不安の思いを抱かせるのです。 人は安堵の気持ちが持てない間は心が安らがない状態である。 どんなに現物を集めても心が安らがないのです。 その不足の念を魂の安堵に見い出さない限り、幾ら現物を掻き集めても心は満足しない。 従って心というものが何なのかをよく分かっていない人は、不足の念を物欲に代えて心の外部に対する依頼心が強くなるのです。 依頼心の正体は軟弱な精神であります。 そうして足ることを知らない軟弱な精神は独占欲を募らすのです。 他人が所有するものを闇雲に欲しがるのは未だ分別が付かない幼児である。 甘やかされて育った子供は我儘を自分で律することが出来ず、小さな欲求でさえ我慢が効かない。 魂が幼いまま成人した大人(心は子供のまま)が、社会人として凌ぎを削る場面で、どうしても幼いままの精神状態が顔を覗かせるのです。 常識人としての物的価値を見い出す収集家は別にしても、価値云々を度外視して独占欲に走るのであれば、努めて足を止め心を顧みる必要があります。 独占欲も魂の傾向性にまで固まると始末に負えない魂の呪縛になるのです。 そこに(独占欲に) 他者への嫉妬や怨恨などが付加されて、人は徐々に心を狂わせて行くのです。 最初は善意で始めた運動も他者との比較対象に捉われる毎に、個人の利権に惑わされて、何時しか独占欲にまで高まっているのです。 こうした悪しき習慣(間違った傾向性)を真に改めるためには、人間として徳性を磨いて正しく霊性を開く必要がある。 自分自身の心でありながら無法地帯のまま放置してきた罪は、やはり自分自身で全てを償うしか手立てはないのです。 努めて反省回顧の習慣を持ち、不足の念を自ら戒め、天地一切の人に物に事に無条件で感謝するべきであります。 感謝の心は自他一体の自覚を呼び覚まし、不足の念に真理の光を注ぎ込むことになります。 満ち足りた心は如何なる気持ちであるかを、感謝の心が確かなる実感で教えてくれるでしょう。 |