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027 固定観念 |
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物質文明の呪縛は霊性を閉じた人間の自己限定に他なりません。 自己の可能性を限定する思いは消極的人生観である。 自己限定の罠は自らの心の負債(マイナスイメージ)を膨らませる方向にのみ、本人の思考回路を働かせようとする悪習慣にあります。 その罠(悪習慣)は自らの前途に高いハードルを想定して、一言目から自分には無理だと思わせるのです。 思いの中で不可能状態のみを見せられた人間は、その後の行動を起こす気力も湧かず、ただ悶々と不出来な自分を呪うのである。 この呪い節が他者への嫉妬怨恨に嵌まり込むと、責任転嫁や悪質偏見へと思考を歪めることになる。 固定観念は魂の固着であり、自己限定の形骸化は魂を単なる物質世界の塊にまで堕落させてしまいます。 精神世界は自由奔放な領域が広がり、実相世界に於いては観念自在の神霊世界が普遍なる広がりを見せています。 魂の自由自在な創造力を固定観念で縛り付けない限り、人間の可能性は無限に永遠に果てしなく近付くのであります。 固定観念は自己限定の罠から抜け出せない人間の愚かな姿を其のまま暴露している状態である。 現状では出来ないのであれば現状を変えるか進化させるための努力を要します。 直面する難題が強大であるなら、切り崩す糸口を探すか新たな策を弄するかと思考回路をフル活用すれば良いのです。 今の自分には力不足だと感ずるなら能力を高める努力をすれば良いし、同じ志を有する仲間を探せば良いのです。 駄目なものを駄目なまま放置しない心構えは、やがて自分以外の多くの同朋たちを苦難困難から救い出す知力を養うことになる。 何よりも先に自己限定の殻を破る貴方であれ…。 先ずは自己を限定している己の小ささに気付け…。 真理の奥深さを知らぬまま横柄な思考言動を展開する自分の愚かな傾向性に気付くべきであります。 自己反省が出来ない人間には自己限定の意味さえ判らないでありましょう。 自らの過去の足取りを反省回顧することが出来ない人間には固定観念の概念が薄いのも事実である。 自分自身の在り方(存在意義)や生き方(魂の傾向性)が解らなければ、他者批判は個人的な不平不満よりも惨めな見解に映るだけであります。 |