029  自力他力

(極論は原点を失う)

 

ここに自力と他力の問題がある。

それは古い時代から引きずってきた大きな問題であります。

自力が正しいか他力が正しいかを論争してきたのは主に宗教であるが、物質文明の知識を身に付けた現代人は、凡ゆる分野に於いて自力論と他力論を闘わせてきたのです。

結論から言えば人間には自力も他力も必要不可欠である。

何方も捨て難い大切な論理論証であり行動指針であります。

それを何れか一方に固定して人生を窮屈に生きる時代は過去のものとしなければならない。

自力と他力を人生に当て嵌めて微調整しながら使い分けるのが、人間社会に於ける現状での徳性であり、環境や境遇さえも精神的に底上げする能力の高まりが、人間社会に於ける現状での徳性段階であります。

人間は霊性を正しく開けば、大きな意識に包まれ守られ導かれながら日々生かされている生命を悟ります。

それと共に尊い個性としての無限永遠なる生長の余地が目前に広がっていることを悟るのです。

つまり創造主は人間の範疇を遥かに超越した御存在で、その本来の創造主の御存在を知れば知るほど自らの小さな人格を思い知らされるのです。

神々と肩を揃えて生きているような錯覚は閉鎖的な地上世界にしか存在していません。

ましてや神話の世界を人間の想像の産物だと勘違いするのも迷妄者の戯言であります。

霊性を正しく開いた覚者たちは、日々謙虚に慎ましく生きております。

自らの現状を熟知するが故に自力と他力を状況に応じて使い分け微調整するのである。

それが徳性求道者の真なる魂の傾向性であります。

しかし霊性を閉じたままの人間は自らの立ち位置を物質文明にしか見出せないのです。

そのため親の庇護の下に生かされていることを顧みることのない幼児のように、リアルタイムに沸き上がる衝動を吟味することもしないまま、個人的な感情に自ら振り回されて驕り高ぶるのである。

閉鎖的な地上世界は手に届きそうな有限(物質文明)の世界であるため、人は極論に走りたがるのであるが、霊性を開いて霊的世界の真相を悟れば、誠に小さな箱庭の中で虚しく雄叫びを上げる猛獣の如き、憐れな自分の姿を客観的に眺めることになります。

極論は原点(立ち位置)を見失います。

広い海原の真っ只中で、羅針盤(位置情報)を持たないまま漂う小舟は何処を彷徨い何をしたいのでありましょうか…。

その正確な解答を見い出すべきは他ならぬ自分自身であるのです。

 

 

 

34 霊性開示 【封印打開編】