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039 不幸観念 |
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個性化が進んだ近年に、人々の心を暗黒思想に引きずり込むものは不幸観念であります。 何処に居ても何をしていても、不幸観念が深いと迷妄邪説に取り巻かれてしまいます。 誰が決めたのか分からないまま、行き着く先が常に暗闇(不幸)であると帰結する思いは、それだけで立派な心の病なのです。 不幸観念は良い結果を素直に喜べず受け取れず、何か良くない出来事の前触れではないかと訝って、ますます疑心暗鬼(暗黒思想)に入り込むのである。 これは心の傾向性が不幸観念に片寄り過ぎた人間の哀れな姿であります。 個性化は魂の生長を促すために創造主が打ち出された真理そのものでありますが、個性化に拘り過ぎると形に於ける白黒採決に走りがちである。 敵か味方か、イエスかノーか、出来るのか出来ないのか、好きか嫌いか…。 人生の選択肢が二者択一しかないのであれば、誠に窮屈な人間しか育たないでありましょう。 しかし現実の社会には白黒採決を強要するビジネスマンが多いはずです。 悪質な詐欺集団は常に白黒採決を脅迫と共に押し迫り、熟考させる時間を与えないで弱者から金銭を騙し取っています。 結局のところ極論のみに帰結する白黒採決は危険な選択肢である。 右翼も左翼も極論に拘るだけなら両翼共に偽善に落ち込むのです。 不幸観念には光(模範解答)がありません。 不幸(暗黒)そのものが解答であるなら地上世界に魂修行の場所(3次元世界)は必要がなくなります。 しかし創造主は敢えて3次元世界を神の子人間に用意したのです。 善と悪との狭間で現状の自分の立ち位置を把握しなさい…と。 そこを新たなスタートラインとして次なる一歩を踏み出しなさい…と。 善悪の基準は時代と共に移り変わるのであり、幸福不幸の基準も同様に移り変わります。 自分の徳性が高まれば同じ土壌に居ても全く違う景色(捉え方・感じ方)に観えるのであります。 不幸観念に囚われている人は人格を高める努力をすれば良い。 ほんの少しずつでも生長したなら素直に自分を誉めてあげれば良いのです。 白黒採決の中間には無数の生長段階がある。 人間は小さな成長(前進)と堕落(後退)を重ねながらも、徐々に魂を光明化することで、神の子の自覚を深めてゆくのであります。 |