004  勇気

(偽りのない優しさは愛)

 

十握剣の四番目の握は勇気であります。

勇気という理念も高次元神界から振り降ろされた実相の光明であるのです。

この勇気の源泉に触れたなら、人の心には温かみが現れ、清らかな聖水が無尽蔵に溢れ出してくる。

その強き生命力を微調整して臨機応変に小出し大出しする魂に、徳性の高低が分かたれるのです。

力自慢を誇示して強硬に走る勇気は蛮勇(野蛮な勇気)である。

そこには智恵や愛心は見当たらないのです。

智恵も愛心も不在となる勇気は、もはや実相世界から振り降ろされた勇気に非ず…。

地上世界で淀む物質文明の産物である我心(我流の勇気)である。

我心は周囲への配慮に欠ける個我(自己が中心)が根底にあることを知るべきであります。

また実相の勇気を破壊や策略に利用することなかれ…。

その時点で人間の徳性は地に堕ちて、自身の欲得願望の重さに耐え切れず自縄自縛する運命にあります。

十握剣は徳高き勇者こそが正しく扱える神剣であり、徳の足らざる者が単なる興味関心で手(魂)に持てば、鋭利な諸刃の神剣は不徳の自我をも刺し貫くのである。

未だ魂の幼い者ほど不屈の名刀を欲しがる傾向にあります。

また未だ魂の幼い者ほど力自慢(腕試し)をしたがる傾向にあります。

ましてや玉砕を覚悟しながら一か八かの勝負に挑むことが勇気でもなく、強者に媚びて弱者を挫くことが勇気でもない。

実相世界から振り降ろされる勇気の理念は、慈愛慈悲に溢れた創造主の御心そのものです。

地上世界で心得違いをしながら蛮勇に走る者には全く波長が合わない高次元理念であるのです。

真なる勇者には愛がある。

人を正しく導き、忍耐強く育てる懐の深さがある。

真なる勇者には徳がある。

自らを誇示せず、常に脚下照顧して足元を固める謙虚さがある。

自分の立ち位置を見失う者や、感情に踊らされて浮き足立つ者には程遠い理念であります。

十握剣の勇気の握(理念)を求める前に感情統制と精神研鑽(忍耐力・霊耐力)を磨く貴方であれ。

道を極めた真実の剣士こそが、最高の強さは闘わざる精神(偽りのない優しさ)であることを、魂の奥底から自覚しているのであります。

 

 

 

34 霊性開示 【封印打開編】