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053 無欲 |
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貴方よ無欲であれ。 無心となって大切な夢(理想)を実現せよ。 無心とは心が無いと言うことではなく、夢(理想)の実現を邪魔立てする迷い心を無くすと言うことである。 人間の最大の迷い心は欲得願望であります。 何時の時代も理想追求を妨げてきたものが欲心であったのです。 無欲になることで人生の楽しみが無くなることを嫌がる人が多くなりました。 現代人にとっての多くの楽しみは自己陶酔と感情発散である。 適度の自己陶酔は傷を癒し心を休めるが、過度の自己陶酔は現実逃避の道具に使われ、意識の鈍重化を早めるのであります。 また適度の感情発散はストレスの休息となるが、過度の感情発散は人格崩壊に繋がっているのです。 喜怒哀楽の中でも一番厄介で克服が難しいものは楽欲である。 楽しみが欲求となると、追欲の底無し沼に嵌り込み、なかなか抜け出せないのです。 この追欲の後ろ楯をしているものが利己心であります。 利己心は本来の魂を封印して、偽物の我を本当の自分だと勘違いさせるのです。 本来の魂を封印から助け出すためには夢が必要である。 人間が生涯を掛けても届かない程の高邁な理想を掲げるべきだ。 日々の生き甲斐や遣り甲斐は夢が牽引するのです。 利己心を打開する夢は、より多くの人々の幸福に繋がる理想が好ましいのです。 己心の魔は常に足下を掬うために利己心を募らせるのです。 自分一人の楽しみを追求させて心を狂わせるのである。 少なくとも夢に向かう時間や場所では無欲となって、自分自身の甘えや我儘を薙ぎ払う必要があります。 人は光(真理)に向かう時は心が霊化(光明化)している時なのです。 欲得願望の心的誘いを排除して、夢や理想に向かう貴方であれ。 利己心は刹那的感情を支配しています。 しかし利他心は霊的感性を支配しているのです。 こうした利己心と利他心を使い分けられるような高徳者となって、懐の深い大人物を目指して致だきたい。 徳性は日々の地道な積み重ねであります。 とくに基礎研鑽(謙虚)には近道がありません。 良き心の傾向性は日々の良質な習慣付けを繰り返すことで育まれます。 利己心にのみ閉じこもる迷妄者には持続(積み重ね)の真意が分からないのです。 無欲になると言うことの真意が迷妄者には理解出来ないはずであります。 |