|
055 恥辱 |
|
利己心は言葉だけではなく行動にも現れます。 言葉の三要素は@思念想念A口頭発声B行為行動である。 忍耐力が乏しく自律が弱い人ほど内面の思いが其のまま行動になるのです。 自己内部から突き上げてくる抑圧に耐えられず、理性が効かないまま感情的な素行を繰り返すのであります。 そうして何時しか繰り返しは悪習慣となって人目を気にしない言動になるのです。 悪習慣は理性を薄めて恥ずかしさを忘れさせます。 人間にとっての恥辱は、悪しき醜態への暴走にストップを掛けるボーダーラインでもあります。 悪醜態が恥ずかしい行為だと思うからこそ堕落への急降下に自らの意思でストップが掛けられるのです。 その悪醜態が恥ずかしい素行だと思えなければ、何処までも止めどなく転落して行くのである。 しかも自分が下り坂を転がりつつあることを気付かぬまま、欲得願望の急降下を快楽と勘違いしながら、迷妄道の奈落の底に落ちつつあるのです。 ある程度の羞恥心は人生の友として同行させるべきなのです。 特に女性は気を付けなければならない。 女性にとっての羞恥心は、女性美を司る三大要素の一つである奥ゆかしさ(恥じらい)であり、女性の美徳を輝かせる大切な要素なのであります。 因みに女性美の三大要素は@優しさA清らかさB奥ゆかしさ…であり、男性美の三大要素は@暖かさA爽やかさB逞しさ…である。 この三大要素が一つとして欠けることなく見事に融和してこそ、人間としての女性美・男性美が霊光と共に放たれるのです。 その陰陽の二大霊光(光明)は、観るもの触れるものに心の感動を与えるのであります。 悪習慣から神権(神の子の自覚)を取り戻すためにも、ある程度の羞恥心を放棄しないよう心掛けて致だきたい。 恥辱を放棄した人間の行き着く先は地獄である。 そこは横暴な悪霊が心の法則(悪因果の理法)に元ずいて集まる強奪と破壊の悪霊世界なのです。 己心の魔は魂の転落(急降下)を、まるでジェットコースターでも楽しむかのようなスリル(錯覚)として味わうのであります。 |