|
067 病気 |
|
人間が人生を歩む過程で時折り去来する恐怖心は、病気に対する不安と恐怖ではないでしょうか…。 生まれつき健康な人でも体力の増減はありますし、老いからくる体力の衰えは避けられません。 ましてや年中病気がちな人は体調の変化に敏感となり、病魔に侵され死期に近付くのではないかと心に不安が過るものです。 現代ほど病名が多い時代は歴史上に類を見ないはずです。 病院で医者が病名を付ければ名実ともに病人となるのです。 医学の躍進は原因追求を極め、病気の元なる原因を解明しつつある訳ですが、その原因追求が物質文明の域を越えない限り、病気の本当の主原因が見えてこないのであります。 医学的アプローチそのものは決して間違ってはいません。 しかし物理的根拠には生物学としての限界があります。 細菌やウイルスなどのミクロの世界を解明したとしても、それらの生物に命を吹き込んでいるものの正体は未だ正確には解明されていないのです。 人間の体調が良くも悪くもなる理由は何なのか…。 体内を廻る様々な内的機能が好調あるいは不調となる理由は何なのか…。 この正確な解答は霊性を開かなければ理解出来ない世界観であります。 本来は偶然に体調不良となる病気は存在しません。 心の法則を紐解けば必ず複雑な因果律が関わっているのです。 また心の因果律と病気との間に病魔とも言える霊的憑依の実態があります。 つまり人間の病気は、@心の主原因A介在の霊的憑依B具体的な病状…などの三つの要素が合致して起こるのです。 これら三つの要素の内の一つでも改善すれば取り敢えず病気は治るのですが、主原因となる魂の因果律を改めない限り、また姿形を変えて凡ゆる病状が出てくるのであります。 魂の悪因を改めない限り病気以外の人生苦としても転移してくる。 こうした真実を現代医学が追求しないのは何故なのか…。 病気本来の仕組みが本当に認知されたなら、恐らく近い未来には八割方の病気が無くなってしまうでありましょう。 そうなると困る人間が世間には多く居ると言うことであります。 将来は年金制度も医療保障も行き詰まり、体調不良は非経済の代名詞に成り兼ねません。 健康な身体を維持継続する為にも魂の健康観念を見直す必要があるのです。 |