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071 呪縛 |
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複雑怪奇な人間社会を更に分断化しているものの正体は固定観念であります。 固定観念とは拘りであり囚われであって、何に対する拘り囚われであるかと言いますと、その中核に当たるものが個人的認識に於ける自己限定であるのです。 この自己限定に終始すれば我流(自己流)以外のものを受け入れられない頑固者となり、社会の秩序も御構い無しの偏屈者となりがちです。 固定観念の罠に嵌まると、自己流のルールが幅を効かせるようになり、善悪の基準も自分中心の判断しか出来ないような頭の硬さに成り果てます。 こうした頑なな固定観念の呪縛に落ち込むと、なかなか其処から這い出ることが難しくなります。 そこまで固定観念を固めてしまったものは本人の信念であり、この信念は繰り返し重ねられた強き念力となっております。 こうした固定観念が顕著に表れているものは信仰心であります。 信仰対象が本物であれば良いのですが、誤った教理を経典とするような宗教であっても、個人的な興味関心事に惹かれて繰り返し信念(念力)を重ねたなら、たとえ邪教と言えども信仰心は深まるものなのです。 かくして固定観念は善にも悪にも靡くアイテムとなる。 こうした信念の高まりで固められた魂の呪縛は簡単に解けるものではありません。 しかし可能性(善展開)があるとすれば、魂の呪縛にまで注入した期間と同じ期間だけ逆念(全く逆の思念)を注入すれば、プラスマイナスのゼロ接点にて相殺されると言うことです。 ましてや2倍3倍の思い入れで努力精進すれば相殺時期が早まる可能性もある。 だからこそ決して諦めないで、前向きな努力精進を繰り返し重ね、自己限定の形骸を自ら破る貴方であれ。 現代人は殆どの人が自己限定の呪縛に侵されています。 魂が呪縛状態のままで行われる自己主張では魂の感動は他者の心に伝わりません。 また自らの魂の呪縛を解かない限り、他者の魂を救済することは出来ないのです。 何も悟っていない宗教信者が伝導をしても迷い人の心を真に救えるものではありません。 まず自分から自己限定の殻を破り、魂の呪縛を解き放って、固定観念の封印を打開しなければならないのであります。 |