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077 断絶 |
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固定観念の行く末は独断であり個別化であります。 こうした行く末を辿る代表格は物質である。 物質世界を形作る物体は、そこに霊的な意識が宿らなくなると、自ら最小単位に分解して宇宙の一要素に還元します。 つまり固定観念人間は、本来は自由自在な霊的人間でありながら、地上世界の鈍重な波動に引きずられて、魂の物質化に落ち込んだ者の行く末であると言うことです。 個別化した魂の独断は、内容の如何に関わらず独善となり、人間関係に協調性が無いため真っ当な会話が成立しないのです。 常に自分を有利な立場に置きたがるため、周囲の人間も徐々に身を引くようになるのです。 固定観念人間の独善は石のように固く、融通性の無い性格は変化の余地がありません。 思想哲学の偉人には稀に孤高の巨人が存在しますが、彼らは相互配慮が出来る高徳者であるが故に、孤高の世界観に一人で留まるのです。 しかし固定観念人間は未だ徳性が低く、魂の基礎鍛錬が弱いため単体では生きて行けません。 独善に拘り囚われ浮いた存在に成りつつあるのに、一人で孤独の淵には居られない軟弱な精神の持ち主である。 そのため社会の中に無理にでも入り込もうとする寂しがり屋でもあります。 しかし協調性は皆無であるため終始トラブルを巻き起こします。 要するに固定観念人間には他者への配慮が見られないのです。 社会人としては迷惑な存在であります。 大切な会議(取り決め)では自己主張が多く、持論を曲げようとしないため会話が成立しない。 他者の意見は挙げ足取りで有耶無耶にする…。 最終的に持論が通されないことを知ると自ら対話の席から逃避するのです。 固定観念人間に足りないものは責任感であり帰属意識であります。 こうした特徴を並べるだけでも、固定観念人間の魂の心境は未だ幼い段階であることが理解出来るはずです。 協調性は心に融通性が無いと有り得ない世界観であります。 独断でのスタンドプレーは周囲に迷惑を掛けるだけで、社会人としてのモラルを守る意思さえ薄いと言えます。 こうした現状把握さえ客観視が出来ない人たちには何ら響かない言葉でもあります。 |