|
083 衝動 (得体の知れない内抑圧) |
|
心の扉を閉ざした旧世紀にも様々な心的原因がありました。 人間関係に巻き起こる葛藤は、忍耐力が乏しい人には抑えきれない衝動(抑圧)となったのです。 或る一定の内的発奮が心の堤防を越えると、それまで我慢して抑えていた気持ちが切れて、理性も社会性も度外視して大暴れする人間さえ増えてきたのであります。 キレるという突発的言動を武勇伝の如く話す迷妄者も居るのです。 心の内部から突き上げてくる衝動(抑圧)は、精神を鍛えている人間であれば自己統制することが出来るのです。 高徳者は内的発奮を怒りのまま放置しないで理性の智力で鎮静化するのである。 こうした徳性は一日二日で身に付くものではなく、普段からの地道な心の基礎研鑽が齎した魂の平安であります。 だいたい自分自身の心でありながら暴れ馬の如く乗りこなせないのは、社会人として必要な公人意識の欠如と、日々コツコツと精神力を積み上げる努力の不足である。 心の世界は他人からは見えないと思い込んでいるからこそ、何でもありの迷妄人間に成り果てるのです。 しかし長らく徳性を磨いてきた徳者たちは、目には見えない心の状況を或る程度は看破出来るようになっております。 ましてや霊界からはガラス張りの如く一部始終を見られている。 本人の守護霊は偽りなき霊証人であるのです。 他人のことを心の中で裁いたり冷笑したり、嫉妬心や猜疑心で愚痴不平不満を思っていたり、事もあろうに心の中で相手に危害を与える思いを抱いたり、更に病的な人間は目に見えない心の中で該当者を殺害したりするのです。 これらは心の内部での迷妄ではありますが、現象は心の影であるという心の法則性に従って、やがて現実の世界に現象化する主原因となるのです。 得体の知れない内部抑圧は自己自身の魂の傾向性であったと言うことであります。 自らの内的醜態を認めようとしない人間は自己反省の習慣が全くない迷妄者であります。 人間社会に巻き起こる事件事故に於いても、心の法則による物事の良し悪しは白黒採決では終わりません。 100%の善や悪は本来は有り得ないのであり、その時期に其の場所で誰かとの摩擦があるならば、三相応(時・処・人)に縁のある相互の人間からの何らかの影響が交錯して起こされた事象である。 その原因が目に見えない心の内部での葛藤である場合は誠に多いのであります。 |